第2話 愛は受けるより与えるもの
男にとって愛とはロマンティックでなければならない!
甘美な時間に浸る男にどんな状況であれ「家」なんて現実をぶちまけると、怖くなって逃げ出す場合が多い!
事実、本郷琉生は北極に放り投げられたような冷たさを感じていた!
「そ、そこまで考えてるの?」
決まってるじゃんとばかりにスマホを突き出す黒魔子さん。
「ここ、いい物件だと思うの。学校から近いし、駅からも近いし、イオンモールにも近いし、くろがねやも近いし……」
「わあ、ほんとだ、良い家だなあ……」
色々ありすぎて頭が上手くまわらず、返事の仕方がロボットみたいになっている。
よく見れば、好条件な分だけ家賃がこの町の平均より高くなっていて、人生送りバント体質の琉生であれば、この情報を見逃したりはしない。
だが今は正常な状態ではなかった。
「ここに座ってもっと大事な話をしましょう」
見かけによらず凄い力でベンチへと引きずる黒魔子さま。
「いずれ夫婦になるんだから、こういう話は前もってしておきたいの。だから、ちゃんと聞いてね……」
ふう……と、これ以上ないくらいの深呼吸を一つ。
「わたし、セックスが無理なの。キスもダメ。体質的に無理なの。っていうか、性的なスキンシップ全般がダメ。だから前もって言っておくけど、そこはごめんなさい」
「……!?」
衝撃で言葉すら失う琉生。
話の中身より、ガンガン先を行く黒魔子のペースに驚かされている。
例えて言うなら、一緒に富士山に行ったのに相手がどんどん先に行ってしまう状況だろうか。自分はまだ五合目にいるのに、相手はもう山頂にたどりつき、どういうわけかそこから大声で、
「セックスはむりー!」
と叫ばれているような状況かもしれない。
「誤解しないで聞いて欲しいんだけど、あなただから無理ってワケじゃない。誰であろうとそういうのが無理なの」
「……」
「ただ男の人の好みはわかってるつもりだから、あなたがそういう気分になったら、胸でもお尻でもどうにでもして良い。私は多分つまらないって感じになるかもしれないけど、あなたが満足してくれるならそれはそれで」
「……」
マシンガントークを浴びているうちに、琉生の表情が次第に冷めていく。
しかし黒魔子さんはまるで気がついていないようで、話が止まらない。
「実を言うとね。ほっぺに触られるのが好きなの。だからできることなら……」
「俺のこと、馬鹿にしてる?」
琉生はとうとう言った。
「え……?」
きょとんとする黒魔子さんの顔を見て、琉生は今の発言はするべきでなかったと後悔したが、ささくれだった感情をそのままにしておくことはできなかった。
「この話が本当なら、そういうのって、もっと慎重に、じっくり考えることじゃないの? こんな一方的に言われることじゃないし決めることじゃない……。それにこれは俺と一文字さんだけの話じゃないよね。結婚って家族と家族が繋がる大事な取り決めでしょ?」
すべてにおいて自分だけが事後報告みたいになっているのが不満と言えば不満であった。
とはいえ、自分は少し被害妄想が過ぎるというか、真剣に考えすぎているとも思う。しかし、そういう性格なのだからしょうがない。
とはいえ……。
「ご、ごめんなさい。喋りすぎたよね……」
泣きそうになるくらい動揺する一文字さんの姿を見ると、彼女には琉生をからかう気も困らせる気もなかったとわかる。
「わたし、あなたと一緒にいたすぎて、あなたもそう考えてくれるって勝手に思い込んでた。バカだよね……」
ごめんを連呼する黒魔子さんの姿に琉生は胸が痛んだ。
「ちょ、ちょっと一人にさせてもらえないかな」
とにかくゆっくり考えたい。
ここでついに発動する、だめな男の得意技「逃亡」
足早に黒魔子さんから離れ、彼女を見ぬまま適当に走り出す。
迷子になった子供のように自分の名前を呼びつづける黒魔子さんの声がグサグサと背中に刺さったけれど、彼女が絶対に足を踏み入れることができない場所、男子トイレにいったん避難する。
「なんなんだよ、もう……」
明らかに最後の方で黒魔子さんは泣いていた。
生まれてはじめて女の子を泣かしてしまった。
そんなやつには生涯なるつもりなかったのに、なっちまった。
「ってか、俺が泣きたいよ」
トイレの中で、情けなく呟いた。
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