第3話 父と子
そもそも始まりは用事につきあえと親父に言われたことだ!
いったいどういうつもりだったのか、親父からじっくりたっぷり真意を問いただしたい。
返答次第では縁を切るくらいの覚悟で、トイレの中で電話をかけた。
「どういうことか説明してもらえるよな……」
静かに怒りをぶつけるが、父の反応は驚くほど冷静であった。
「ちょっとロビーに来いよ。話をしようや」
売店で大量の信玄餅を買ったらしく、パンパンになったエコバッグを抱えた親父は、黒魔子さんの叔父である緑川氏と話し込んでいた。
「本当になんとお礼を言ったらいいか……」
緑川氏は何度も何度も父に頭を下げていた。
「情けない話、桜帆ひとりならどうにかなるんですが、姉まで面倒見るとなると、経済的に厳しくて……、赤の他人のあなたにここまでさせてしまうなんて」
「いいんですよ。こういうのはみんなで考えねえと」
ハハハと笑いながら緑川氏の肩に手を置く。
その時、頭を下げ続ける緑川氏のスマホにメッセージが入ったらしく、緑川氏は父に一声呟くと、慌てたようにどこかへいってしまった。
もしかしたら、動揺する黒魔子さんからメッセージが届いたのかもしれない。
一方、父は息子に気付くと、人があまり多くない場所まで琉生を手招きする。
「こんな大事なこと勝手に決めるな〜、とか言い出して、抜けてきたんだろ?」
父はすっかりお見通しである。
「まあ、バカがつくほど真面目なお前なら、どっかでこうなるとは思ってたよ。あの子はお前に会えただけで舞い上がってたからなあ」
「そこまでわかってるなら、もう少しちゃんと説明してくれたっていいだろ」
しかし父は首を振る。
「どうするのかテメエで考えて欲しかったんだよ。俺に言われたからじゃなく、書類にサインしたからそうなったわけじゃなく、お前があのお嬢さんを見てどうするのか、テメエで決めて欲しかったんだ」
「どういう意味だよ、それ……」
その質問に親父は直接答えなかった。
「あの子の親父さん、毎週、店に来てくれて、本当に美味そうに喰ってくれるんだよ。見てるだけで幸せになれる人でな」
「……」
「それがな。もうここに来るのは今日が最後だって、いきなり言うんだから驚いたさ。そんでもって泣くんだよ。もうここで食えないのが悔しい。家族をここに連れてこられなかったのも悔しい。娘二人残して死ぬなんて死んでも死にきれないって。それで、なんとかしてやりたくなってな」
「それが……、これ?」
「そうさよ。これが俺の精一杯。つきあわせて悪かったな」
社会人がお手本にしてもいいくらい丁寧に頭を下げてくる親父。
「……やめてくれよ。体が痒くなる」
「おお、お前もか。俺も慣れない背広着たせいで痒くってしょうがねえ」
がははと笑ったあと、父は言った。
「なあ息子。ここに母さんがいたらどう思う。きっと言うだろうなあ。ぐだぐだ考えないで、やれることやれ!……そう思わねえか?」
「はは」
琉生は苦笑した。その通りだと思った。
しかし、
「もういない風に言ってるけど家で仕込みしてるだろ。勝手に死なせるなよ」
「格好いいこと言いたいんだよ、瞬間的に殺したって良いだろ!?」
「わかった、わかったよ!」
適当に手を振って父に背を向けた。
もう一度、彼女の元へ行こうと思った。
一方的に話を打ち切ってゴメン、もう一度話しあおう。
そう伝えようと思ったとき、
「……」
妙な男の姿に気付いて琉生は歩みを止めた。
変な男だ。
綺麗な背広を着て、姿勢が凄く良くて、銀色に光るスーツケースを持ってる。
これだけならエリート営業マンで、カッコいいとすら思うけど、表情がまるでロボットなのだ。
歩くたびに冷たい風を吹かすような異様な雰囲気に琉生は釘付けになる。
男はロビーの真ん中で立ち止まり、そっとスーツケースを置いた。
そして突拍子もないことを叫んだ。
「マオーバは蘇る!」
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