第21話 交わし合う肌と約束と
ひとつになった影はそっとそのまま寝台の上に横たわり、やわらかで滑らかな上等の肌布団の感触が影を成す身体の
繋がりは甘く微かに濡れた音を立てて解かれ、そしてまた繋がることを繰り返していく。繰り返しながらも、指先は寝台に組み敷かれた身体の纏う服地の裾から忍ばされ、その中に眠る泡雪よりもやわらかく白い肌に触れてくる。
「……っは、あ……っや!」
不意に唇が解けて零れた声に発した影が口許を覆う。たちまちにその肌は薄い明かりの下でも解るほどにほのかに赤く染まっていく。
恥じらうように眼差しを避ける身体に影が落ちる。見上げれば彼を組み敷く身体が月明かりよりもやさしくやわらかい眼でこちらを見ている。躊躇いも戸惑いすらも見えないそれに口許を覆っていた手がそっと除けられた。
「声、聞かせて、フリト」
「……やだ、よ」
「お願い、離れてたぶん、聞かせて……」
「っん、っはぁ! あ、あぁ!」
耳元で囁かれた言葉にうなずく代わりに甘い声が漏れ、見つめる目がうっとりと細められる。
それから再び唇が重なり合い、濡れた音を響かせながら火照る肌に指先が絡みつく。
影の下でそっと全てを委ねることを決めたように眼を瞑り、受け入れるために僅かに唇が開かれ、見降ろしていた眼差しがそっと開かれた唇に自分のそれを重ねた。ゆったりと舌先が絡み合う。
暗がりに衣擦れの音が緩く微かに響き、やがて、溜息だけで成り立つ言葉が溢れ始める。
「っは、あ、はぁ、あ、ん……」
「熱いね、フリト……溶けそう」
「あ、あぁん!」
雪のように白かった肌が月明かりの下に晒され、舌先が這わされてほどなく薄紅に染まっていく。
熱に絆された指先と舌先が、丁寧に平坦な身体の造りを調べるかのように肌の上を滑るたび、甘い声が応えるように啼く。
「……っは……っく、あ」
「っあ、っんぅ……んぁ、あ、あ……あぁ!」
二つの身体に降り注ぐ月明かりすら滴る雫にしてしまいそうなほどに甘い溜息の会話が長く続く。
軋む寝台の音に怯えることもなく、ただ貪るように、
名を呼び合うことも忘れ、二匹の雄獣となり果てた身体が絡み合い、重なり合う。
そしてやがて、言い知れない悲しみや罪悪の感情を入り混ぜた白い熱が、互いの肌を汚しながら放たれた。
高く悲鳴のような啼き声は甘く、悦びにも悲しみにも満ちているように聞こえた。
そして二人は、そのまま重なり合ったまま意識を手放して眠りに落ちていく――
深い漆黒の闇には、真夜中の南中に上り詰めた萌黄色の月が静かにやさしい光を放ちながら輝いている。
その明りにそっと瞼を撫でられたかのように眼を開けると、フリトの前には無防備に眼を瞑って眠っているグドの姿があった。しかもその身体は一糸纏わぬあられもない姿で、それは自身も同じだ。
一瞬、状況が把握できずに思わず身体を起こしたが、その際に腹部にぬるりとした感触の残骸に気付き、すぐさま自分の身に起こった事実を思い起こすこととなる。
そして、叫び出しそうなほどに強烈な悔恨が彼を襲い、頭を抱え込みうずくまる。
自分がしてしまったことは、これまで背負ってきたどんな罪とも異なり、その上己が負うこととなる罪の重さを重々に理解しつつも踏み込んでいったという、
指先で辿るように撫でた平坦な腹の上や、肌の随所に残る白色や薄紅の痕跡に、彼は目眩すら覚える。
顔を上げ、なんとなく痛む気がする米神の辺りに指を宛がっていると、ふと、こちらを見ている視線に気づいた。
視線のままに顔を向けると、眠っているとばかり思っていた隣がこちらを見ていたのだ。
グドはフリトと眼が合うと、普段と変わらない様子で、僅かにそこに甘い感情も含ませながら微笑んでいる。
「……起きてたんだ」と、フリトがむっとした表情で言うと、笑んだまま、「身体、痛くない?」と、グドは返してきた。
「……平気、慣れてるから」
答えるフリトの横顔は薄く自嘲するように歪む。努めて明るく軽く答えている分、言葉の奥に潜む闇の深さを感じたのか、グドは口を噤んだ。
その様子に、フリトは呆れた笑いを吹き出す。おめでたいと思われる思考のグドにもまったく予見も想像もしなかったわけではないであろう、と言いたげに。
フリトにとって、存在を疎まれ避けられることなど彼にとっては傷つく内にも入らないことで、それは最悪の屈辱を知っているからだ。
生きながらえていくための
殊に、彼らが出遭った酉暮の繁華街では金子の有無こそがものを言う世界であった。
先程自分が舌先を這わせ味わった肌の上を、かつていくつの指先や体液が伝ったのか、触れたのか想像をして胸を悪くするような不快感を覚えたのか、グドは押し黙ってしまった。
弱者が虐げられる惨い世の歪んだ縮図の一角を垣間見た気がした――とでも言いたげな彼のその潔癖さこそ、フリトが最も嫌悪するものなのに。
そんな彼の様子を横目で見ながら、フリトは、「きったない身体なんて抱いて、今更後悔してる?」と、嗤うように言うのだ。
その、あまりに悲しくも美しい笑い顔に、グドはやわらかく笑んでいた顔をしかめながら腕を伸ばして触れてくる。触れられた頬はほのかに甘いぬくもりの名残がある。
「してないよ、後悔なんて」
「……っふん……折角の箱入りのグド様が衆道に堕ちたなんて知れたら、いよいよ俺は殺されちゃうかなぁ……」
「言わせとけばいいよ、そんなヤツらにはさ。俺は、フリトがいれば、それでいい」
「…………」
「ねぇ、フリト……もう、ひとりで黙って消えてしまわないで、俺の前から。フリトがいない世界なんて、俺には死んでるのも同じなんだ」
「……グド」
「だからさ……傍にいて、ずっと」
伸ばされた腕に惹かれるように身を委ねると、そのままフリトの身体は肩を掴まれて抱き寄せられた。グドがフリトの黒髪に顔を埋めるように抱きすくめ、そっと耳元で囁いてくる。
「――愛してる、フリト」
フリトはそれにぎこちなく頷き、そして答えの代わりに差し向けられた唇を受け止める。
啄む様な口付とその感触はあまりにやさしく、再びグドの腕の中に捕えられたフリトはひっそりと泣いた。
どんな手立てを行使しても、どんな無理が通ろうとも、望んではいけないものがこの世にはある――腕の中で密やかに泣き濡れる彼はそれを嫌というほど知り尽くしていた。
でも、グドから差し出された腕や言葉を、フリトは邪険に払うことができなかった。そうすればするほど、望む者は躍起になって自分に突き進んでくることも知っていたからだ。
そう遠くない日にやわらかく、そっと春陽に残り雪が消えゆくように彼と離別することになると解っていても、それが彼にとっても、自分自身にとっても、身を裂くよりも辛い痛みを伴う別れであることも重々承知している。
何故ならフリトは彼と、グドと共に生きることを望むこと自体恐れているからだ。
触れられた指先の熱に絆され、つい、夜の
自分に安息やしあわせを得る資格などない、とフリトは自身に言い聞かせていた。まるでそれは呪縛のように頑なに。そしてその呪縛の唄は、甘い疲労を伴う眠りの中でも続いていた。
深く更けていく初夏の宵闇に浮かぶ月だけが、ただひっそりとやさしく、悲しい願いを抱えた二つの身体を包みこんで見つめている。
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