第45話

 ハーフタイムが終わり、後半戦が始まる。

 俺達の実力は拮抗していた。

 敵はあの、を主軸に戦う事が多かったのだろう。そいつを使えない今日、動きがかなり単調に見えた。ボールを出す奴も貰おうとする奴も全てが教科書通りの動きになっていた為、狙いを先読みするのが容易だった。

 キザ野郎にも同じ事が言える。ゲームに関わりたいあいつの選択肢は動き回るしかない。奪おうとする時も、貰おうとする時も。それでも、あいつが俺の意表を突く為の引き出しはかなり多かった。

 

 それでも、あいつの味方の選択肢は、狭いのだ。あいつが俺の意表を突こうとすればするほど、それにあいつの味方がついていけていない。

 コミュニケーション不足、そういう事だ。

 俺達は練習の中で、数多くのパターンを見つけた。

 相手が選択肢を削られた中でどうするか。

 自分達はどうされたら困るのか。

 どういう動きをすれば、どんな動きをされるのか。

 それを囲碁や将棋の棋譜の様に積み重ねたのである。混乱する相手を「俺達だけが共有する定石」で潰す。

 

 だから、


 相手のしようとする事が手に取るようにわかる。相手は個々で俺達を引き剥がそうとするだろう。それこそが俺達の、弱点、だ。


 後半の笛が鳴る。相手ボールからだ。


 ——さあ、結局上手い奴が勝つ、それを体現してみろよ?

 

 敵の一人がボールに触れる。もう一人——キザ野郎だ。そいつがボールを取る。

 奴のポジションが変わっていた。

 この場面だけは、俺には防げない。流石にルールを超えてまでは邪魔できない。

 タツヤくんが向かう。ケンゴくんも行く。

 奴は右に動いた。そちらに選択肢が残っている。だがその先に陸もいる。

 三体一だ。

 後ろを向いてパスするか。それとも得意のボールキープとやらで、しのぐのか。


 しかし奴は、そのどちらもしなかった。


 右に動いた奴の左のアウトフロント、それがボール下に潜り込む。

 左足の外側で触れられたハズのボールは何故か、タツヤくんの頭上を越え、その左後ろに落ちようとしていた。

 奴の体がケンゴくんとタツヤくんの間に割り込んで、すり抜ける。

 ——まずい!

 俺はすぐさまアプローチする。

 間に合った。

 ドリブルするにしても奴は直進できない。俺にもフェイントを掛けようとするだろうが、ボールを注視していれば対応できる。奴の体ではなく、ボールを奪えば良いのだから。

 だが、そのボールも俺の予測を無視した。

 奴は右に、パスしている。

 パスを受けた敵にはこちらの右ハーフが対応するが、一人だけだ。前に居た陸もこちらに、こいつに、気を取られていた。


「——びっくりした? ただパスしただけなんだけど」


 敵が外へ切り込む。味方は抜かれはしない。だが——。

 敵の後方から別の敵が走って来ていた。ボールを受け取り内側へ切り込む。


 ——くそっ! 

 

 俺達の戦術は常に相手よりも味方が多い状況を作り出す、というモノだ。たとえどんなに敵が上手かろうとも二対一、三対一なら負けない、そういう概念である。

 それをこいつに覆された。

 こいつはケンゴくん、タツヤくん、そして陸の三枚の壁を一人でぶち抜き、かつ敵のオフェンスとこちらのディフェンスを一対一の状況にした。更に、後ろから別の敵を追加する事で、こちらに意趣返しまでをもしたのである。


 味方を抜いた敵を先程と同じ様に俺は、無視できるか——できない。

 リョウマくんと右サイドバックがそれに対応すると、右後ろがガラ空きになる。

 俺も寄るしかない。

 苦し紛れにこいつへのパスコースは塞いだ。これで敵は外を抜けるしかないハズだ。外にはこちらの右サイドがいる。

 しかし——。

 敵は俺とリョウマくんの間にボールを放った。


「ばっ——!?」リョウマくんの声だ。


 俺は奴を意識するあまり、詰め切れていなかった。

 敵の左ウイングがそこに居る。

 その正面にはもちろん、こちらの左バックもいた。

 だが更にその左には、奴が出て来ている。

 奴にボールが渡った——完全にフリーだ。

 奴がシュートを撃つ。

 あっさりと得点された。

 すれ違い様にニヤついた奴が言う。


「——ダメだよ、僕から目を離しちゃ」 


 やられた。

 親達の弱点は其々にマンツーマンで対応される事だ。自由に動き回る俺達に敵も自由について回る、そんな状況を想定した。

 にも関わらずこいつらは、

 俺達と同じ戦術でこの瞬間、俺達を上回ったのである——にゃろう、やりやがる……!


「——すいません。俺のミスっす」

 リョウマくんに謝った。

「謝るならもっと深刻そうなしろよ」

「え?」

「笑ってんぞ、ヘラヘラすんじゃねえ」

 ——俺、笑ってんのか?

「す、すいません」

「良い。取り戻すぞ」

「ハイ!」


 一筋縄で行かない事はわかっていた。だが後半はまだまだ始まったばかり。取り返すチャンスは必ずある。

 

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