第46話
後半が始まってどれくらい経っただろうか。体感的には二十分、その間俺達は得点を返せずにいる——。
「いつまで僕についてる気?」
俺は尚もこいつをマークし続けている。
「——もう仲間に得点して貰おうなんて、期待しない方が良いよ?」
「はっ、揺さぶる作戦か?」
今、ボールをキープしているのは俺達だ。奪っては盗られ、盗られては奪う、そんな状況。キープしている時も、ボールを回せはするが、敵のゴール近くへは進めていない。
「揺さぶる? もう揺さぶる必要なんてないよ。だって、怖くないから」
「あ?」
リョウマくんが左ハーフにパスを出す。敵も寄るが、またリョウマくんに戻り、ダイレクトで陸へ。
「彼、勿体無いよね? たぶん自分でキープしようとした方が、もっと動けるのに」
敵が陸を挟もうとするが、その前に中央付近へ下がっていたケンゴくんにパスした。
「——キミ達のパスワークの正確さ、素早いリズム、そして状況の把握、どれを取っても素晴らしいよ。でもね、皆んなそれに縛られている」
ケンゴくんは振り向く事なく
「——きっと素早く回す事を徹底してるんだろう。敵と味方、両法の位置を把握しながら。でも、自分で切り抜けようとはしない。何故だろうね?」
左ハーフが右サイドへ大きくボールを飛ばした。タツヤくんが走っている。
「——自分で持って行こうとするのは、あの脚の速い彼、そしてキミくらいだよ。その理由は、自信がないから」
タツヤくんはヘディングでボールを前に落とす。しかしその位置には敵のサイドバックが待ち構えていた。
先にボールに触られ、クリアーされる。
「——自分一人で敵に攻めようとすると、ギャンブルになる。ディフェンスにとってオフェンスが攻めて来るのは当然。だから僕らは抜かれない様にする。キミらは意表を突こうとしても、盗られる可能性が高い。だから確実な方法に逃げるのさ。敵がついていない味方へ。自分自身で判断するのが怖いんだ。想定できる状況を自分で壊すのが、ね」
「ベラベラと、よく喋るな?」
「まぁね。だって僕らはもう点を獲ってるから。パスばかりの人達には獲り返せない。つまり僕はもう、何もする必要はない」
こちらの左ハーフと敵のウイングが落下地点に向け走っていた。
体を入れられ、敵にボールが吸い込まれる。そいつはヘッドで奥に下げた。
敵のハーフがそれを受け取る。
——くそ。こいつの言う通りだ。
敵は既に俺達の戦術に慣れている。俺達はまったくドリブルをしないワケではないが、高い確率でパスを出す。敵は、たまに来るドリブルと、パスを出されて困る方向にだけ注意を払えば良い。親達の選択肢は多いが、点を獲る為の選択肢だけが、潰されている。皆んな何故自分でボールを運ぼうとしないのだ。チャンスは沢山あるハズなのに。
「——キミ、気づいてるかい? キミ達の中で、キミの判断力が一番優れてる事に。それにその戦術を提案したのもきっと、キミだろう? 皆んなキミほどに自分達の欠点を、理解していないのさ」
「……うるせえ」
敵が内にボールを流そうとした時、タツヤくんがカットした。だが走った勢いがそのままボールに伝わり、タッチラインを割る。
「こんな事を言ったけどつまらないから……僕が投げよう。チャンスだよ? もっとキミを、見せてくれないか」
まずい。
こいつがスローするという事は、俺が余る。それは良い。しかし、ボールを受けた敵はたぶん、こいつにボールを渡すだろう。それは予測できる。だがこいつにボールが戻った場合、こいつを止めるのは難しい。俺ともう一人、味方がつかなくてはならなくなる。つまり、敵が一人空く。
どうするか。
ボールがピッチの中に入った。タッチライン近くの敵にボールが渡る。
それは直ぐ様投げ入れた奴に、戻った。
左バックが詰める。俺は——。
行かない選択をした。
奴も、奴の奥の敵も、俺の真ん前に居る敵も、俺が見る。
奴が後ろを向く——パスか?
違う。
奴は振り向きながら軸足を入れ替え、左
——それでも良い。気にするな。俺がいるから。
しかし股を通された味方の顔がこちらに向く。
その隙を逃さずこいつが体を入れた。
パスは出ない。
先程俺の真ん前に居た敵にはリョウマくんがついている。
俺とこいつの一対一だ。
ボールの動きだけだ。気にするべきは。
こいつの動きに気を取られると、抜かれる。
俺はこいつの前方は塞がずに、横を塞ぎながらこいつについた。
——近づきすぎるな。内側に入られる。
タッチライン際を走らせておけば、その内行き止まりだ。ゴールに近づけさえしなければ良い。だが——。
こいつはボールを大きく小刻みに出しながらドリブルする。
——ボールを持ちながら、なんて速さだ。
ただ走ってるだけの俺だがついて行くのがやっとである。そして、ついて行く事だけに集中するわけにもいかない。
こいつはターンした。
ボールも戻る。
俺もブレーキをかけ、どうにか横を塞ぎ続ける。
「チィッ——」
舌打ちしながらもこいつは更にターンした。
それも塞ぐ。
その間に味方がこいつの直ぐ後ろにまで迫っていた——良いぞ! そのまま奪え!
だが、奪えない。
こいつは右腕を伸ばしてこちらに背中を向けている。俺からも味方からも、ボールの位置が遠い。
味方が強引に体を入れようとするが、こいつも角度を変え味方に背中を見せた。
盗れる向きだ——だが、足を出せない。
こいつは俺を見ている。
これは誘いだ。
俺がボールを盗ろうと足を出した瞬間、それを動かされ、抜かれる。
——焦るな。今俺達はこいつの動きを止めている。このまま纏わり付き続ければ、きっといつか、ミスをする。
俺は近づきはするが、足を出さない。
こいつが前に、後ろに、ボールを動かす。
俺達は離れない。
コーナーフラッグが近い為、こいつは前にも進めない。完全に封じれている。
だが不意に、こいつが笑った。
「確実な方法に僕は逃げない。何故なら僕こそが、確実、だからだ——!」
俺に向かって来た。肘を曲げながら左腕を前に出して。
ガッ。
その腕が、俺の胸に当たる。
一瞬俺は、のけぞった。
その隙をついて体を差し込んで来る。
抜かれた。
俺は振り向く。
味方が抜かれた。
リョウマくんが来る。
マーカーを捨ててこいつを止める気だ。
シュートコースが塞がれた。だが——。
ゴール前の敵が、野放しだ。
パスを出される。
既にシュートのモーションに入っている敵の足元へ、ボールが進み続ける。
キーパーが体ごとシュートコースを塞ごうとする。しかし——。
ボールがフワッと浮いた。
味方の頭上を越え、ゴールに入る——。
直前、伸びた右足がオーバーヘッドの様に、クリアーした。
凝縮されていた時間が、元に戻った。
ボールはハーフウェイライン近くのケンゴくんが受け取っている。
ヘディングで後ろに逸らして前を向いた。
「カウンターッッ!!」
そう叫んだのは、一番前に居たはずの、タツヤくんだ。クリアーしたのは、タツヤくんだった。
ケンゴくんから陸へ渡る。
陸は後ろに戻さない。
更に右へ渡す。
敵のDFが追いついて来た。
コーナーフラッグに追い詰められる。
しかし後ろへ陸がフォローに入っていた。
陸に戻る。左前に出す。
DFの間を抜けて、再びケンゴくん。
シュートを撃つ。
が、キーパーにキャッチされた。
「くそおおおおおおおッッ!!」
悔しがるケンゴくんだが、項垂れない。
キーパーがボールを蹴るからだ。
脚を伸ばして邪魔をする。
その脚をかわして、またこちらに飛んでくる。リョウマくんがヘッドでそれをまた向こうへ。
お互いのポジションは乱れている。
敵にボールが渡った。
前線に戻ったタツヤくんが詰めている。
奪った。
シュートする。
外れた。
敵のゴールキック————。
その攻防は、最後まで続いた。
ピピィィィィィィィ—————!
笛が鳴る。
俺達は、負けた。
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