第44話

 決勝トーナメント初戦から一週間後、二回戦である。天気は快晴、対戦相手は例のあいつがいる高校だ。調べてみると昨年ベスト8にまで残った中堅校であるらしい。しかし、俺達にとっては間違いなく強豪。敵を強く見るか弱く見るかは、自分達の実力と実績で決まる。

 俺達は今まで対戦相手を調べる事すらしなかった。つまり、俺達のレベルなどその程度である。

 しかし、負けるつもりはない。

 思えば敵に合わせて戦略を練るなんてのも中学の時以来だ。それだけ今までの環境がとも云えるが、今は違う。勝つ為にベストを尽くす、それが今の俺達だ。

 フォーメーションや戦術は先週の試合と同じままだ。だが、俺だけは別である。俺だけチームの戦術の外に居るとも云えるし、要であるとも云える。

 そして、それは俺の、わがままだった——。


 ホイッスルが鳴る。

 

 俺達のボールからスタートした。

 タツヤくんが左にボールを流し、ケンゴくんがそれを下げる。俺のもとに。

 敵のFWが寄ってくるが、近づく前に左へパスする。

 そちらにも敵が寄るが、ダイレクトで斜め前のケンゴくんにボールを渡す。

 サイドからではなく、中央から攻める事を選んだ。

 ケンゴくんがそれを、スルーする。隣りで俺が上がっているからだ。

 真正面に——早い。もう俺の眼前に迫っている。

 俺はヒールで後ろに下げる。

 陸が下がっているからだ。


 ——オーケー、ここまでは普通。でもお前、出てきたな。付き合ってもらうぜ? 最後まで。


 そいつはそのまま進もうとする。恐らくこいつは、既に前にいる味方と挟み撃ちにしよう、などとは微塵も考えずに自分が直接、陸からボールを奪うつもりだろう。

 それを俺は許さない。

 俺はこいつの進路を塞ぎ、「通せんぼ」した。ごくごく基本的なプレーだが、こいつが陸へ向かう為には遠回りしなければならない。

 向かって右に、こいつは進路を変更した。

 陸が右にボールを渡したのだろう。

 だが、それも塞ぐ。

 進路を戻した。

 俺はそれについて行く。

 ターンして戻った。俺も戻る。


「古臭いな。マンツーマン、か」

 そいつが俺に囁いた。

 自然と口元が緩むのが自分でもわかる。


「俺とお前だけ、な。シンプルで良いだろ? ?」

「言われなくても——!」

 こいつは左へ大きく膨らんだ。少し下がりながら。きっと緩急をつけて俺を引き剥がすつもりだろう。

 だが俺はついて行かず、下がった。

 こいつとボールがよく見える。

 依然、ボールをキープするのはこちらだ。

 味方がボールを下げた。その先に陸がいる。敵もそれについて行くが、こいつは行かない。逆サイドへのパスを警戒している様だ。

 陸が俺にパスを出した——来いよ?

 当然こいつは詰めてくる。

 だが、俺は。こいつに向かって。

 陸のパスは俺に見えない位置にいる別の味方に渡ったハズだ。

 こいつは追えない。俺が、邪魔だから。

「チッ……キミ、ボール貰う気ないの?」

「どうだろうな? 貰うかもしれないし、貰わないかもしれない」

「——!?」


 こいつが急に後ろを見た。

 ボールが逆サイドへ飛んだからだ。

 俺達の右前に走るタツヤくんの前方に。

 タツヤくんの前には敵がいるが、タツヤくんの方が速い。タツヤくんがボールを受け取った。進行方向へトラップするのが理想だったのだが、タツヤくんはボールコントロールが苦手だ、仕方ない。タツヤくんは相手に向かって転がしてしまった。

 敵にボールが渡る。

 タツヤくんは動揺する事なく敵に向かう。


「こっちだ! 僕に寄越せ!」

 こいつが怒鳴る。

 下がったこいつがこちらに上がる。

 浮いたボールが飛んで来た。

 俺は、した。

 ボールの落下地点には向かわず、ただこいつの邪魔をする。

「な——!?」

 ボールが俺達の上を通り過ぎた。

 後ろからドッという音が鳴る。

 味方がダイレクトでボールを蹴った様だ。

 再びボールが前に出る。俺達の左前方にはケンゴくんと、敵がいた。

 後ろを向いたケンゴくんへボールが落ちて行く。

 俺はケンゴくんへ近づいた。こいつも俺について来る。

 ケンゴくんは、ヘディングで右に流した。陸が居る。

 陸が、右前に速いボールを出した。

 誰も居ない、が、タツヤくんが向かっている。完全に裏をかいた。

 今度はミスせず、タツヤくんがゴールに向かってボールを転がす。少し大きめに。

 敵のキーパーも寄る。

 だが、タツヤくんの方が速い。

 タツヤくんが左にかわした。

 タツヤくんの前にはゴールしかない。

 シュートを撃つ。ボールは——。


 ゴールを大きく、飛び越していった。


「うわタツヤくん! 下手すぎだろーっ!」

「ドンマイドンマイ!」

 ——ま、それでいっか。

 シュートは外れこそしたが、ゴール前でタツヤくんは完全にフリーだった。今の様な状況を何度も作り出し、その内の何本かが決まればそれで良い。

 俺は近くのこいつに言った。

「な? 俺ら、強えだろ」

「……みたいだね? でも、下手な味方がいると、苦労しそうだ」

「そうだな。でもお前、今のプレーに一度でも関われたか?」

「……!」


「お前がタツヤくんを追えてたら、もしかしたらボール、奪われてたかもな。でもそれは、


 サッカーは、ボールを奪い合い点を取り合うスポーツだ。11人対11人で。

 しかし、俺とこいつがいなければ、それは10人対10人である。

 俺はサッカーが上手い方ではない、自分でそう思っている。だが、下手でもない。

 俺が、俺よりも上手いこいつを、消してやるのだ。自らと共に。

 こいつのいないチームに俺の仲間が負けるわけがない。

 これは俺の決めた選択だ。俺の選択がこの試合を決める。

 だからこそ、この試合に、ゾクゾクしている————。

 


 

 


 

 

 


 

 

 

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