第43話
今日の夢。
俺はまだ、
試合に勝てた、それもあるだろう。だがその後、例のキザ野郎達の試合を観たのが、主な要因である。
あいつは、言うだけの事はあった。
チーム個人個人の力量は俺達と同じか、やや上だ。だがあいつだけ、ずば抜けている。
あいつのポジションはMF。ダイヤ型に構成された四枚の内の後ろである。
まず、状況判断が早い。「チームで勝とうとするのは甘い」なんて言っておきながら、味方に的確な指示をでかい声で上げる。その場その場での敵の狙いが瞬時に丸裸になり、共有され、それを基にチーム全体を動かしていた。
更に味方の反応が遅れた場合、迷わずあいつが前線に上がる。すぐさまボールを奪い、そのまま敵陣を突破する。それも状況判断の早さによるのが大きいが、持ち前のフィジカル、そして体の入れ方の上手さからくるモノだった。素早くアプローチをかけ、敵とボールの間に体を割り入れる——とてもシンプルな事なのだが、相手が奪われるのを警戒している状態でそれをやるのである。騙す技術も優れている。
そしてそれは攻撃時にも遺憾無く発揮され、後ろを向いたと思えば直ぐに前を向く。横を向いたと思えば既に逆へボールを動かしている。自分の視野と、相手の視野、その両方を理解しているからこその芸当だ。
味方があいつにボールを集めようとしているのが丸わかりなのに、誰もあいつを止められないシチュエーションが多かった。
たとえ止められたとしても、直ぐに戻って立て直す。誰よりも早く。そして、速く。動き出しと、単純なスピード、そのどちらも段違いである。
明らかに自分よりも上手い奴を観た俺はどう思ったのか——ワクワクした。ゾクゾク、した。
俺の引き出しの数はあいつに遠く及ばないだろう。しかし、そんな奴の行動を、どう狭め、どう誘導するのか。あちらの選択をどうやって潰し、こちらの選択をどう押し付けるのか。
あいつの想像を上回る俺を、想像するだけで、こんなにも楽しく感じているのである。
結局上手い奴が勝つんだよね——。
奴の言葉だ。
そうだ。その通りだ。
来週日曜の二回戦、奴の上手さを上回る自分に期待する。
だからまずは景気付けに、今日のこの夢を上回ってやろう。
映像が始まってからも、俺のモチベーションの高さは維持されていた————。
今日の夢は、どこかの倉庫。
倉庫とは云ってもかなり狭い。狭いが、明るかった。白色の蛍光灯が倉庫の内部を照らしている。閉まったシャッターの内側にあるこの空間は、車両一台分だ。車はないが。
両側の壁に其々簡素な棚があり、段ボールだとかポリタンクだとか、そういう物が並んでいる。
倉庫の中央でツナギを着た男が作業をしていた。
コンクリートの床に新聞紙を広げ、更にその上に載る缶詰めの容器に何やら粉みたいなモノを入れている。
男の手の中にあったのは——花火? いや、爆竹か?
爆竹の包み紙を広げて、その中身を缶に入れているのだ。
缶は既に満杯近くに達している。
——火薬を集めている? 何の為に?
胡座をかいた男の眼前には、空いたペットボトルもあった。
表面がてかる紙を丸めて
缶の火薬をそれに入れる——爆弾?
そんな言葉が脳裏によぎった。
俺はまだあの夢を、引きずっている。
ただし、こちらは嘘ではなくて本物だ。実際に火薬を込めているのだから、明らかだ。
それでもかなり、原始的に見える。
『分岐です。彼は作業を進めますか? それとも辞めますか?』
何の為に作っているのだろう。
使う為か。それとも何かの実験か。
どちらにせよ、
このまま作業を進めたならばどうなるのだろうか——爆弾が完成する?
大した事はできないだろう。何故なら俺にでも用意できそうな材料でそれを造るのだ。
しかし、人間の近くで爆発させたならば、どうなるか。怪我か、それ以上。結果は想像に
『まもなく時間です。カウント10で自動的に彼の行動が決まります』
——今日も早いな?
『10』
男の目的は何か。
目的はあるのか。
ただの趣味か。そういう奴もいるだろう。
『9』
これを造るこいつは、どんな奴か。
死ぬべき人間か、生きるべき人間か。
『8』
もしこれを使うのなら確実に、善い人間ではない。使わなくても、造っている時点で同じかもしれない。
『7』
安易に殺そうとするのもどうなのだろう。
純粋に爆発を観たいだけかもしれない。
『6』
——作業を進めるのが「死」か? 辞めるのが「死」なのか?
『5』
結果がどうなろうが、こいつの問題である。たとえペットボトルが今爆発したとしても、自業自得だ。
『4』
——爆発すると死ぬのか? それとも、ただの怪我か?
『3』
良いか悪いかで考えたならば、辞めさせるのが正解だ。だがどうなるのか、見届けたい気持ちがある。
『2』
——いやダメだ。
どうなるか観るのではなく、どう攻略するか、だ。助けるのか、殺すのか。
『1』
「……『辞める』」
映像が、動き出す。
男が立ち上がった。
缶は空になっていた。
ペットボトルにはまだ半分程度しか火薬が入っていない。
男は左の棚に移動した。
段ボールを開ける。包装されたままの爆竹が、山の様に入っていた。
それらを取り出す。
が、男は右に視線をずらした。
銀色の箱がある。
爆竹を段ボールに戻し、その箱を開けた。
中には色々な工具が入っている。どれが何に使うモノなのか、俺にはわからない。
その中の細い棒状のものを取り出した。箸よりも細い金属の棒だ。
それを持ってペットボトルへ戻る。
男は再び触り、ペットボトルの上でそっとそれを持った。地面から垂直に、ペットボトルの開け口の真上で。
棒から手を離す。
棒がペットボトル内部に落ちる。
ばしゅんっ。
乾いた音が鳴った。
「うおっ!?」
男が声を出した。
男が上を見る。
コンクリートの天井に、棒が刺さっていた。元の長さの三分の一ほどしか見えていない。深く突き刺さっていた。
「ひゃー怖えー」
男は少し笑っている。
やがて男は作業に使ったゴミ達を新聞紙に包み込んで、シャッター近くのゴミ箱に捨てた。
シャッターを開けて外に出る。
外も明るかった。
危ない、所だった。
男の安否が、ではない。こいつは好奇心から今の様な事をしていたのだろう。火薬を集めたらどうなるのか。自分にそれができるのか。棒を落としたのも「落としたらどうなるか」、それを知りたくてやったハズだ。それをやらずに作業を進めたなら死んでいた。
だが、もし爆弾を完成させたなら?
こいつは試したくなるだろう。試した結果、死ぬのかもしれない。もしかしたら誰かを巻き込んで。
そういう意味では、確かに危なかった、そう言える。
しかしそれも俺の「危なかった」とは違う。
俺は共感していたのだ。この男に。
こいつがどう死ぬのか気になった。
爆弾が完成したらどうなるのか、気になった。
こいつが何をするのか、気になったのである。
奇しくもその事に気づけたのは、あの夢を観たからだ。他人の選択を自分の好奇心から弄び、支配していたあの男を観たからである。
俺はおかしくなっている。
俺は、危うい。
しかし俺は、こいつらとは違う。
異常者なんかじゃ、ない。
第三章
俺は夢で何をする?
終わり。
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