不倫の復讐
三鹿ショート
不倫の復讐
検査結果を見た私は、生物として無能の烙印を押されたような感覚に陥った。
子孫を残し、人類を絶やさないようにすることが生物としての役割ならば、私にはそれが無いのである。
ゆえに、私には存在する価値が無いということと、同義ではないか。
しばらく公園の長椅子に座って天を仰いでいたが、何時までもそのようなことをしているわけにもいかないだろう。
重い足取りで帰宅した私を迎えた妻は、私とは正反対ともいえる様子で、子どもが出来たということを告げてきた。
私は、その言葉を理解することができなかった。
私には子どもを作る能力が無いというにも関わらず、何故彼女が懐妊するというのだろうか。
その後も彼女は口を動かし続けていたが、私には何も聞こえなかった。
***
彼女が宿した新たな生命の父親として真っ先に思い浮かんだ人間は、彼女の幼馴染である。
彼は私が彼女と交際しているにも関わらず、彼女と二人きりで何度も会っていた。
親しい人間ならばそのようなこともあるだろうが、疑いを持つようになったきっかけは、我々夫婦の寝室に、感じたことのない匂いを嗅いだことだ。
彼女は私を愛してくれているはずだが、一度生じてしまった疑いを消すことはできず、私は寝室に盗撮機器を設置することにした。
出張から戻った私が映像を確認すると、そこには私に対する不満を吐きながら幼馴染と身体を重ねる彼女の姿があった。
家の外に聞こえてしまうのではないかと思うほどの嬌声をあげ、寝台が壊れる恐れがあるほどに激しく動く彼女は、私が目にしたことがないほどに淫乱だった。
私に対する申し訳なさの欠片も無いその交わりに怒りを覚えたが、糾弾すれば彼女は私から離れてしまう可能性が高かった。
愚かなことに、私は裏切りを知っても、彼女を愛していたのだ。
だが、子どもが出来たとなると、話は別である。
私は、自身の子種で誕生したわけではない他者の子どもを、生涯にわたって育てるなど、受け入れることができなかったのだ。
そこで、私の中で、ある変化が起こった。
彼女に対して抱いていた愛情が、そのまま憎悪へと姿を変えたのである。
今や、彼女の姿を目にしても、その美しい顔をどのように歪めようかという思考ばかりに支配されるようになったのだ。
しかし、私は感情に任せて即座に行動することはなかった。
彼女に対する恨みが深い分、相応の罰が必要だと考えたからだ。
数日の間、様々な方法を考えたところ、我ながら酷い計画を思いついた。
準備には時間がかかるが、結果を想像しただけで、笑いが止まらなくなる。
その日から、私は自分を殺し、家族に尽くす人間を演ずることにした。
***
絶対の条件として、誕生した我が娘と、彼女の幼馴染の息子が親しくなる必要があった。
だが、それは無用な心配だった。
幼馴染ゆえに、彼女と彼は、当然のことのように子どもたちを近づけたのである。
だからこそ、二人の子どもは特段の問題なく、実の両親のように親しくなっていったのだ。
しかし、単なる友人で終わらせるわけにはいかなかった。
私は娘と彼女の幼馴染の息子が恋人関係に発展するために、当人同士が互いを異性として認識するように尽力した。
その甲斐があったのか、二人は交際を開始した。
それからは、私が黙っていても、関係は深くなっていった。
だが、余計な問題に襲われないように、私は気を配り続けた。
そして、待ちに待ったそのときがやってきたのだ。
***
我々両親に二人が結婚を報告し、やがて新たな生命を宿したところで、私は関係者を一堂に集めた。
腹部が目立つようになった娘を、関係者は穏やかな表情で見守っている。
しかし、彼らは一様に、驚きの表情を浮かべることになるだろう。
私は、関係者たちにとある書類を配っていった。
どのような内容かと目を通す人々に向かって、私は告げる。
「子孫を残すという点では問題の無い行為ですが、関係性には問題があるのです」
室内が、どよめきに支配されていく。
その書類には、私の娘と彼女の幼馴染の息子に、血のつながりがあることを示した検査結果が記されているのだ。
察しの良い人間は、即座に気が付いたことだろう。
実の兄と妹が交わり、新たな生命を宿したのである。
人々は信じられないといった表情で二人を見つめ、当の本人たちは、書類を手にしたまま動くことができない様子である。
そして、そもそもの原因たる彼女とその幼馴染は、私を親の仇のように睨み付けていた。
彼女の幼馴染は私に詰め寄ると、至近距離で大声を発した。
「何故、このような真似をしたのだ。わざわざ明かす必要もなかっただろう」
だが、私が怯むことはない。
「自分たちが罪を犯しておきながら、何を言っているのだ。責められる立場であるのは、きみたちの方ではないか」
私は、くだんの二人を指差した。
彼女の幼馴染がその行動に誘われるかのように視線を転ずると、実の娘は顔を伏せて泣き声をあげ、実の息子は涙を流しながら父親を睨み付けていた。
私は彼女の幼馴染の肩を軽く叩くと、その場を後にした。
去ろうとする私の背中に、彼女の幼馴染が声をかけてきたが、それは彼の息子の大声によって掻き消された。
その後、彼女や子どもたちがどのような道を歩んだのか、私は知らない。
分かることといえば、私の気が晴れたということである。
不倫の復讐 三鹿ショート @mijikashort
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