第6話 超展開

 ※注意。これは、「ダンジョン」ではなく、「だんじおん」である。


 さては、勉強のしすぎで、うっかり頭でもぶつけたか。俺は、道草みちくさほあらの正気を疑った。

仮屋染一かりやせんいち君。私とデートしましょう」

 道草ほあらは、そうのたまったのである。

「Pardon? いつから、我々は恋人同士に成り果てたのか?」

「うん?」小首を傾げる。「私が、ガールフレンドではいけないような言い草ね」

 そこで、俺の机に両手を打ちつける。ずいっと、顔を寄せてくる。俺は、顔を引く。目を逸らす。※動揺のあまり、一人称が変わっている。

「俺は、どちらかと言えば、色気ムンムンなお姉さまがタイプなのだ。そして、ドジッ娘だとなお良い」

「そんな女…」道草ほあらは言い差して、はっとする。「居るじゃん! 私の…」

 慌てふためいて、口を両手で塞ぐ。

「そんな女性を知っていると言うのか! 言え! 言えよ!」

 両肩をひっつかんで、ガタガタ言わせる。

「うわ…」

 放課後の教室に残った女子生徒がドン引きしている。くるりと首を元の位置に戻す。しばし、無言。

「行こうか」「うん」

 道草氏は、素直に頷いた。

 道草ほあらは、るんたかるんたか歩く。何だ、こいつ。蝶々でも、追いかけているのか知らん。

「ちょっとカバン置いてくるね」

 そう言って、自宅に戻る。家の前で、小石などを蹴りつつ、待つ。

「じゃーん!」

「うわ…」

 クラスの女子よろしくドン引きする。

 魔女っ子である。

 某アニメ映画のヒロインを思い出させる黒いワンピース。その上には、やはり、黒いローブ。そして、何よりも…。

「何だ、その長いブツは! さすまたか? さすまただろう、それ!」

「え…?」

 道草ほあらは、ゆうに自分の身長の数倍はあるsomething longに目を遣る。

「知らないの? 槍ってね、ぶっ叩けば、もの凄い威力なんだよ。あ、仮屋君は、世界史選択か」

「ねえ、何教えてんの? 日本史の教師?」

 俺は、頭を抱えた。

「やっぱり、うちの学校の教師って、頭おかしくないか?」

「うん、大学に進んだ先輩方の話を聞いても、大抵は、高校のほうが先生はぶっとんでいたって言うもんね」

 何度も、頷く。

「それはともかく、邪魔じゃない。それ」

 空を見上げる。鯉のぼりでも泳がせておけよ。

「大丈夫。ちゃんと短くなります」

 折り畳み傘のように、コンパクトになる。

「じゃ、はりきって行こうぜ。だんじおん攻略!」

 道草ほあらは、左目の横でピースして見せた。

「つか、何だよ。『ダンジオン』って。『ダンジョン』だろ?」

 歩きながら、つっこむ。道草ほあらは、んーんと首を振る。

「だって、そう書いてあるんだもん。ほら」

 緑のトンネルを抜けた先、確かに「だんじおん」は在った。俺は、立ち尽くした。にゃーと黒猫が通り抜け、雉がけーんけーんと鳴く。

「いや待て、雉とな!?」

 振り返る。

「雉くらい居るよ。ここは、日本だもの」

「うん?」

 俺は、己の正気を疑った。居ねえよ、野生の雉なんか、この近辺には居ねえよ。ぶるぶると首を振る。

「あの、大丈夫?」

 道草ほあらが、覗き込む。

「大丈夫だよ。魔法なんか使えなくたって、ぶっ叩けば万事解決だよ!」

 可愛らしく何を言う。この、見た目中学生が。舌打ちする。俺の悪態に、気を悪くした道草ほあらはトイレのドアに貼り紙がしてあるのに、向き直る。

「オープンセサミ!」

「やめろ!」

 叫びも空しく空間に忽然と浮いたドアはまばゆい光に包まれる。

「お母さーん!」

 俺は、四つ足になって、ぜいぜいと息を切らしていた。

「頭おかしいよ。やばいよ。この女」

 顔を下げた。視界は、涙でぼんやりしている。

「茶色いね…」

 あたりを見回しながら、道草ほあらがのたまう。

「……。防空壕か?」

「なにゆえ、防空壕限定?」

 俺の視線の先を追う。隧道を進むと、少し開けた空間に出る。簡単な棚やちゃぶ台らしきものがある。食糧やその他の道具も。

「ジャム! アリスだよ、仮屋君!」

 俺は、眉をひそめる。その相関関係は知らないが、確かにあれはうさぎを追い掛けたのだから、うさぎ穴には違いないであろう。いや、しかし、うさぎは居ないであろう。

 と、背後から物音がする。

 ぽこん。俺が土壁に避けるのと同時に、道草ほあらは例のさすまたで何かをぶっ叩いていた。ひっ…。息を呑む。

「そんなん確実に18禁だよお。俺、確認しないからな!」

 目をつぶり、その場にうずくまる。すたすたと、道草ほあらは歩いていく。

「おおう、おおー!」

 声の発生が、下から上へと移る。何かを抱え上げたのか。

「仮屋君、たまごだよ!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほあらと染一 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ