第5話
庭のほうから、物音がする。ほあらが駆け寄り、窓を開ける。
「ああ、まあちゃん。こんばんは」
「こんばんは。今日、シチューだからって、
毎回、思う。この子は、何故、わざわざ庭をつっきって我が家に向かってくるのだろう。道はちゃんとあるはずだ。ほあらが、頭や服についた葉っぱを取っている。
結局、
「うん、やっぱり、うまい」
「ああ、まあちゃんったら、こんなところで寝ちゃって」
太助だけかと思いきや、まあちゃんもソファで寝ていた。
「うーん、今さらながら、まあちゃん本人とまあちゃんのご両親が、ひとりぐらしを推奨しなかったわけがよーく、解るね」
「当たり前でしょ。じゃなきゃ、仕事仲間っていったって、わざわざ自分家の離れに他人を住まわせたりしないわよ」
「そりゃあ、そうだ」
まあちゃん。
本名は、カミなんとか。本人には、似つかわしくない厳めしい名である。
なので、僕ら家族は「まあちゃん」と呼んでいる。
なんだかものすごい家柄のお嬢様であるらしい。
大学も卒業したというのに、名門女子校の制服の名残で、未だ靴下は三つ折りである。服は高級ではあるのだろうが、なんというか野暮ったい。いつもとろんとした目をしている。小柄で、全体的にふくよかである。のんびりした性格に、鬱勃たる色気。うん、一人暮らしはない。許されるはずがない。
ご両親もまた芸術家とのこと。それで、日示理ちゃんを見知っているのだ。そうして、ある日、我々はまあちゃんを押し付けられたのである。
うちの子が、小説で新人賞を頂いたの。それでね、これから作家デビューすることになりまして。ほら、我が家は、田舎にあるでしょう。編集さんとの打ち合わせが大変で。つきましては、お宅にうちの娘を預けさせてはいただけないでしょうか。え、部屋がない? 確か以前お宅にお邪魔した際に、素敵なお庭がありましたよね。ええ、ログハウスひとつ分の場所をお貸しいただければと。もちろん、費用は全額うちが出します。ええ、お家賃も。えっ、本当に。娘を預かってくれるのですか。
そして、今に至る。結論。金持ちの親バカは、経済を回す。
「まあちゃん、結婚しないのかなあ。可愛いのに…」
妻は、顔をしかめる。
「隣にどんな男がおさまれば、座りがいいのか、とんと見当がつかない」
「まあ、確かに」
頷く。
「『太助さん、素敵です』とは言っていたけれど…」
「いや、それはない」
顔の前で、手を振る。妻の乾いた笑い声が響く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます