第4話

「もう! お父さんのせいで、太助たすけがアルマジロになってるし!」

「ああ、本当だ」サラダ用にとハムをちぎっているうちに力尽きてしまったようだ。そこで、すかさずエプロンから携帯電話を取り出す。

「万が一、太助が大きくなってグレたときにはこの写真を見せるんだ。『お前、昔はこんなに丸かったのに、どうしてそんなに尖っちゃったんだ?』って」

 ちゃっかり赤外線通信で写真をもらうほあらが溜息を吐く。

「お父さんって考え事しながら料理は作れるのに、太助の様子にまでは気が回らないんだ」

 言われて、指折り数える。

「うん。三つ以上は無理」

「お父さんは研究者なんだから考え事するのが仕事なんだろうけど、周りのことも考えてよね」

 ダイニングテーブルまで鍋を運び、シチューをよそう。空腹に耐えかねたほあらは、三日月型のパンをくわえている。かわいい。うちの子は、何をしてもかわいい。

「お母さんみたいなこと言うようになったなあ。やはり、日示理ひじりちゃんの遺伝子を受け継いでいるんだね。お父さんは感激しているよ。そうだ。ほあらを高い高いしてあげよう」

「ばかじゃないの。お父さんの腕力で私を持ち上げられるわけがないでしょう。太助じゃないんだから、腰いかすわよ」

「何してるの?」

 娘をお姫様だっこする旦那を冷たい目で見る妻。

「お姫様だっこかな」「ふうん」

 くるくる回る父と娘の横を通り抜ける。太助をソファに運ぶ。

計人けいとくんは、すぐ女の子に触りたがる」

 突き刺さる視線を間近に感じる。

「誤解だよ。僕は好きな女の子にしか触らない」「うん、知ってるから」

 妻の愛情表現に、涙を禁じ得ない。「うわ、涙雨だ!」ほあらが、腕の中から逃げ出す。

「僕は、日示理ちゃん抜きでは生きていけないんだ」

 日示理ちゃんは、口を真一文字に引き伸ばしている。

「そんなこと言ったって、私も死ぬときには死ぬよ」

 湿っぽい空気に、うずうずしていたほあらが口を開く。

「お父さんとお母さんがいなくなったら、ほあら生きていかれないよ。太助だってそうだ」

「ほあらは、一人でも生きていけるよ」

 ぐずる娘を抱き締める。

「どうやって?」母親譲りの大きな瞳が、不安に揺れる。

「好きなことをして生きていけばいいんだ。ほあらには、その権利があるよ。小さい頃から、世界中の面白いことを知るのが好きだった。そしたら、自然と学校の勉強も得意になっていった」

「お父さんみたいにいっぱい勉強して、いっぱい奨学金もらって生きていけってこと?」

「そうだ。がんばって学費タダを目指すんだ。お父さんは研究成果が認められて、奨学金の返還が全額免除されたんだ」

「うー。お父さんはともかくとして、お母さんはいっぱい稼いでいるのに?」

 何か釈然としないほあらだった。目覚めた太助が日示理ちゃんのもとへと駆け寄る。

「ごはん。しちゅーごはん、たべゆ」太助用の小さな皿を持って、炊飯器のふたを開ける。

「ん?」「どうしたの、お母さん」「ごはんがいっぱいある。今日は、太助しか食べないはずなのに」「え、僕も食べるけど」

「信じられない!シチューをごはんにかけていいのは、女子供だけだよ!」

 ほあらが力いっぱいに叫ぶ。

「どうして、大人の男はだめなの? おいしいから、いいじゃんか。しかも、作ったのは僕だ」

 涙目になる。

「はあ…。見た目的にアウトだよ。せっかく美しく産まれてきたくせに、そういうこと平然と言うのね」

 さすが芸術家だけあって、美しさにかける想いは中途半端ではない。

「僕は日示理ちゃんがシチューをごはんにかけたって、文句は言わないというのに!」


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