特別編 ピリオドを超えた、その先へ

 外で……外でセミが鳴いている。あまりの暑さでサヨは目を開けた。寝ている間に自動で冷房が切れたために蒸し暑い部屋の中でサヨは大きく体を伸ばした。


 午前八時。夏休みの学生としては健全な時間だとサヨは寝ぼけ眼をこすりながら思った。


 八月も半ば。あの戦いから数か月。学校はプレハブ校舎を使った形で再開し、サヨら魔法少女に注がれる視線はいいものに変わったし、無事に夏休みにも突入した。


 しかしながら失ったものは多いうえに、胸中に空いた穴は未だ癒えていないがそれでも今日は終わるし明日はやってくる。


 辛くても生きていくのがきっと自分の使命なのだろうと、サヨは最近になってそう思う。


 形態を片手に操作しつつ、広いリビングに一人では食いきれない量の朝食を並べていく。


「おはよ、サヨ」


「おぉ、起きたか。おはよう」


 目をこすりながらゆったりとした恰好のレイジが入ってくる。


「いいにおいだな」


「せっかくだから。ちょっと本気出してやった」


 焼き魚に味噌汁に白米。悪くないと我ながらそう思ったサヨは満足そうに自慢げな笑みを浮かべる。


「コレは、明日は俺が頑張らないとな」


「期待してるぜ? お返しは三倍でってな」


「バレンタインじゃねぇんだから……」


 レイジは苦笑いを浮かべながら席に着いた。


 戦いの終わりから数か月。つまりレイジと暮らし始めてから数か月か……などとサヨはしみじみとそんなことを考える。


「「いただきます」」


 二人で手を合わせて食事を始める。これも何回目か。


「新婚生活にももう慣れたか?」


「変なこと聞くなよ……そりゃ、親父から破門されて行き場のなかった俺にこういう場所を提供してくれてるのはすげーありがたいけどよ……変な言い方はよせよな」


 味噌汁に口をつけながらレイジはサヨにジトっとした目を向けた。


「冗談だ」


 そんなレイジに一言、かわいいやつだ。と付け加えて言うとサヨは魚を口に運んだ。


「……そう言えば今日って天気どうなのかな?」


「あー、テレビつければなんかしらやってるだろ」


 冷えた麦茶でのどを潤して、サヨはテレビをつけた。ニュースが流れている。


『……一連の事件の首謀者とされていたハレノソウジ容疑者の初公判が行われました、弁護士側は……』


 流れてくるニュースの一連の事件とは勿論ワクナーイの騒動のことだ。事件の当事者であり解決の立役者でもあるサヨにとっても、勿論どうでもいい話ではないが何度も同じ話をされては「またかよ」という感想以外にはわいてこない。


「ほんとによかったのか?」


 レイジが聞いてきた。


「またか? 何度も言ってるだろ? これでいいんだって」


 よかったのか? とはソウジの末路だろう。


 しぶとくも生き残ったソウジを警察に突き出した。そのことについて聞いているのだろう。やったことの重さや計画性から実刑は確実だろうが、サヨには復讐の機会があった。


「ま、ツバキもお前もそれでいいんならいいんだけどな」


 親を殺されたツバキ、兄を殺されたサヨ。二人共、ソウジに大切な人を奪われた被害者だ。


「ツバキとも話し合って決めたんだ。あいつをぶちのめすより、生かした方が辛いだろうって。プライドの高いあいつのことだ。刑務所みたいなところで生きる方が屈辱だろうよ。まぁもう二度と出てこれないだろうけど仮に出てきたところで俺らがいるだろう?」


「ま。そうだな。その通りだ」


 レイジは深くうなずくと味噌汁を口内に流し込んだ。


「あ、今日晴れだってよ」


「お、マジか。良かったな」


「あぁ、そうだな」


 二人は顔を見合わせて笑った。真っ青な空は今日中続きそうだ。


「食い終わるの遅かった方が片付け全部な」


 サヨのつぶやくような言葉の一秒後、二人は白米をかきこみ始めた。








「はぁ」


 サヨはため息をつきながら最後の一枚を洗い終えて立てかけた。


「なに不服そうなため息ついてるんだよお前の提案だったろ」


 洗面所の方から笑い声が聞こえる。


「だからって手伝ってくれてもいいだろー?」


「んー。よし! できた!」


「聞いてねぇし……」


 サヨはため息をつくと手をふきながら洗面所の方を見た。そこから出てくるレイジはとてもかわいらしい姿をしていた。


 白いシャツで首を隠し上から薄いカーディガンを羽織って体を隠している。


 ロングスカートのすそにはフリルがあしらわれている。肌を隠す面積こそ多いものの風通しが良く涼しくデザインされたその服はサヨ渾身の自信作だ。


 程よく化粧を施し、時間をかけてセットした髪も相まってか見た目は背の高い少女のものだ。


「日に日にかわいく成ってくよな」


「当然だろう。そうなるように努力しているからな」


 ニコッと笑うレイジを見てサヨは満足そうに頷いた。家を追い出されながらもレイジの顔は憑き物が落ちたように穏やかだ。きっと自分のしたいことをしているのだろう。


「お前も準備しろよ! ほら! 顔洗って着替える!」


「集合時間までまだあるだろうが」


「遅れていくよりはいいだろ!」


「ハイハイ。準備しますよ」


「ハイは一回だろ!」


 お母さんか。そんなツッコミを抑え込んでサヨは手を挙げて自分の部屋に向かった。クローゼットを開ける前にふと、棚に置いた写真が目に入った。


 自分が写っていて、兄が写っていて、ソウイチが写っている。家族写真。それを見るたびに、心に風が吹き抜けていくのを感じる。表面では納得した気でいても、心の中に突っかかる針のようなものは消えない。


 寂しい。服を選びながらそんなことを思う。無論、もしも自分に魔法少女の力などなく、ここから離れたところで何もなく暮らしていれば……と思ったこともある。


 しかし、ここにいるからこそツバキや、ユウマやレイジに出会えたのだとサヨは思う。


 空いた穴はふさがらないし、きっと自分はこれからもひきずっていく。


(それでも……)


「おーい! まだかよー!」


「わーったよ! 少し待てって!」


(それでも、あいつらがいる)


 サヨは写真を見ながら思った、きっと二人も自分が前に進むことを望んでいるだろう。


 だからサヨは進む。例え、つらかろうと、壁があろうと超えていけるはず。何故ならばサヨはこの街を守った魔法少女なのだから。


                            <終わり>










 波の音を聞いていた。人のあまり来ない上に狭いせいでプライベートビーチに勘違いされて人の寄り付かないそこは赤毛の少年、灯火 太陽<ともしび たいよう>にとって実に過ごしやすい場所であった。


 日を遮るパラソルと、南国風の音楽を流してくれるラジオ。ビーチベットに寝転がってさざ波に耳を傾けて太陽は常夏を満喫していた。


 クーラーボックスから。キンキンに冷えた飲み物を取り出して、器用にも寝ころんだまま口にそそぐ。


「んだ。前は散々だったがいい街じゃねぇの。鈴蘭市」


 ふぅ、と息を吐いて太陽は笑った。真っ青な空はどこまでも続いている。


 遠くで笑い声が聞こえる。遠くでカップルのけんかが聞こえる。にぎやかなことだ。そんな声を聴きながら太陽は振動を感じて携帯を取り出した。


「俺だ」


『俺だじゃないよ! 今どこにいるの!』


 形態の向こうから響いてくるやかましい声に太陽は顔をしかめた。


「観光中だ」


『ふざけるな! もう時間がないんだぞ!? わかってるんだろうね! 君は……』


「俺を誰だと思ってるんだ」


 携帯の向こうの怒鳴り声を太陽は無理やり遮った。飲みかけのジュースを全て口の中に流し込んでいクーラーボックスに投げ捨てた。


『PBR最強の戦士。だが自分勝手にもほどが……!』


「一時間後には戻る」


『……わかった。君を信じよう。なんせ君は、史上最強の能力者……だからね』


 太陽は口元に笑みをたたえて電話を切ると体を起こして大きく伸ばした。


「行くか」


 太陽は首を鳴らして呟いた。


 魔法少女の物語は終わり、次の物語は動き出す。太陽は青空を見上げた。世界はどこまでも広く、すべてはきっとどこかでつながっている。誰の言葉だったか。太陽はそれを鼻で笑ってから動き出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男の娘魔法少女 ナイト 彩川 彩菓 @psyca_0314

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ