4 逃亡者達の戦闘-2

※流血表現あり

※少し下品かもしれない



「う、ううう~……」

 アムリタの唸り声が小さく響く。彼女は今、仁野の横で横になりお腹を抱えて丸くなっていた。そんな様子をちらりと横目で見た仁野は特に何も言わず、自分の腕時計に目を向けた。

 現在の時刻は十四時十五分。追手との戦闘になったのが午前中の九時半頃。アムリタが金属を体内に取り込んだとされて数時間。昼食は問題なく摂る事が出来ていたようだったが、およそ一時間ほど前から腹を抱えて唸るようになった。手洗いは好きに行け、と仁野は言い聞かせているのでアムリタも遠慮しているいわけではないと思われる。……となれば、純粋に痛みで呻いているのだ。

「移動するぞ。歩けるか」

「あるけるよぉ……」

「阿呆。無理だな」

 そう思うなら聞かないで、とは思ったが反論する元気が現在のアムリタにはなかった。荷物の中から頑丈そうな紐を取り出し、それを抱っこ紐の代わりにして仁野がアムリタを背におぶる。「紐、きつくないか」との問いかけに一つアムリタは頷いて、もぞりと一度だけ小さく動いてしっかりと仁野の背にしがみついた。

 荷物は前に抱きかかえ、後ろにはアムリタをおぶる。今追手にやってこられれば面倒な事この上ないだろうな。そう仁野が思っていたところで、まるで彼の思考を読むかのように――ある意味では空気が読めていないともいうが――身を潜めていたであろう追手の放った銃弾が彼の足元擦れ擦れに着弾する。即座に身を木の陰に潜め、懐から銃を取り出す。背中のアムリタがもぞもぞ動き出したがその背を手が届く範囲で宥めてやれば、動くことは止めた。

「……つけられている、と考えるのが妥当か。発信機辺りを食ったんだろうな」

「うえぇ……まじゅそう……」

 わざと舌足らずに言う元気はあるようだ。心底まずそうにぼやく辺り心の底から食べることのできない金属がお気に召さないらしい。今回は特に体内に残っているから余計に気に食わないのかもしれないが。

「じんの、おりる」

「あ? ふざけてんのか。死ぬぞ」

 再び背中のアムリタがもぞもぞ動き出す。視線は一切彼女に向けることなく、ひたすら影から撃ってくる追手に応戦しながらという形である。あちらは複数なので連携も可能だろうが、こちらは仁野一人で、弾数もあまり無駄にできない。アムリタも、戦えると言えば戦えるのだが今は腹痛でそれどころではない。

 だというのにアムリタは仁野の静止を振り切り彼の背中からすとんと降りると、そのままあろうことか分かりやすい物音を立てて追手のいるであろう方向へ駆け出した。これは、誰がどう見ても分かる。囮になりに行ったのだ。

「……クソが……!!」

 彼女に向けて容赦なく放たれる銃弾。不思議と当たらないのは、何故だろうか。威嚇射撃のつもりだろうか。


「おなかがいたくていたくて、たまらないの」


 そう言って銃を持つ追手の目の前に彼女は立つ。そして彼らが撃つよりも早く容赦なしに、銃を持っている追手の腕を噛み千切る。一人、二人、三人。ぎゃあと痛みに叫び喚く声が離れた場所にいた仁野の場所にまではっきりと聞こえてくる。特に仁野がアムリタの中のスイッチを押したわけではないが、腹痛で苛立っているせいなのか。命は奪っていない。ただ追手を無力化しているだけだ。銃は食えないから、それを持つ手を破壊しているだけで。憎々しげにダン、ダン、と地団太を踏むように銃を踏みつける姿は子どもの癇癪のようにも、仁野には見えた。

 追手の悲鳴が小さくなったところで仁野も近づいていくと、アムリタが彼の方を振り返る。見事に口元はべったりと赤く染まっており、酷い化粧を施されたものだと感心してしまう程だ。

 ふと彼女の後ろで影が動いた。

 追手の最後の一人。両手が無事であったらしい男が、至近距離でアムリタの後頭部に銃口をあてて――

「あああああああああああああ死ね化物がああああああ」

「喧しい」

 引き金が引かれるよりも早く、仁野が首の急所に短刀を刺し。アムリタが両腕を噛み千切った。


「まだか」

「まーだー」

 一通り追手から逃れてようやく落ち着いた頃。二人はまだ森の中にいた。まだこの森から抜け出すわけにはいかないのだ。この森を抜ければ街に出る。そちらの方が人込みに紛れることが出来て良いと考えられるが、街の人間を逆に刺客として使われれば少々やりにくい。研究所が放った追手ならば多少相手側の情報も得ることが出来るのに対し、街の人間を使われた場合は何も得ることが出来ないのも難点である。

 先程の追手が持っていた荷物の中から発信機の受信データのようなものが出てきた。方角と大体の範囲だけを示す簡易的なものだったが、これでアムリタの腹の中にあるものが発信機であるとはっきりした。そして現在、さっさとそれを体外に出すようにと言い聞かせている最中である。とは言っても、出て欲しいと思って容易に出せるものでもないのだが。出せるとしたら、それは。

「さっさと踏ん張ってこい」

「やーだー!! じんの、さいてー! でりかしーがない! へんたーい!! すけべー!! せくはらー!」

「そのクソゴミみたいな語彙はどこで覚えてくるんだ?」

 便と一緒に出す事ぐらいだろう、と思われるのだが。もう一度言おう。出そうと思って出せるものではないのだ。

 一応、アムリタも特殊能力を持っているとはいえ、性別は女の子なわけで。心からの抗議に対して一切堪えていない仁野とは違うのである。とはいえ、このままと言うわけにもいかない。さっさと体外へ出してしまわなければ、次から次へと追手はやって来るし自分たちの行動は向こうにバレ続けるのだ。一生逃げ切れるわけはないと思っていても、そう簡単に捕まるわけにはいかない。羞恥だの何だのはこの際気にしている場合でもないのは確かである。

 そもそも。

「お前、着替えやら風呂やら構わず一緒にやってるだろ。今更……」

 そう。仁野の前でアムリタは堂々と着替えをするし、なんなら研究所にいた頃からずっとお風呂は一緒に入っていた。時短できて良いから、という理由で。最近は流石に一緒に風呂に入ることは減っているが、お互い、見られるところは全てもう見ているはずだ。それを今更恥ずかしがられても、というのが仁野の持論である。

「おといれはちがうもん」

「……」

 ぷいっとそっぽを向いて頑として譲らない姿勢を見せるアムリタに、仁野は静かにキレた。

 めんどくせえ。


 結果としてどうなったかと言うと。仁野単体で街へ赴き、下剤を購入したのち容赦なくアムリタにそれをぶち込み、泣きじゃくる彼女に構うことなく無事、アムリタの体内から発信機は摘出された。


「じんののばかー! きらーい!!」


 その後五日はアムリタが仁野に話しかけることはなかったが、特に支障はなかった。なんせ、会話があろうとなかろうとお互いの考えはある程度、理解していたので。

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大罪人は誰だ? 原 みりん @akr0515

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