第2話 魔法使いは正体を明かさない
文化祭二日目。
割り振られていた午前の仕込みを済ませて完全にオフになった私は、改めて文芸部の部室に赴いた。またあの魔法使いの朗読を聞きたいと思ったからだ。
しかし、文芸部のイベントは昨日限りらしく、部室は施錠されたままだった。貼ったままのポスターを改めて見ても、昨日の日付しか書かれていない。
そうなると、私をこうも強烈に惹きつけた声の持ち主の正体が余計に気になり始めた。
文芸部のイベントなのだから文芸部に所属している誰かなのだろう、とあたりをつけたまではよかったが、そもそも文芸部がこの高校にあったことすら知らなかった私である。文芸部の知り合いなどいるはずもなく、早くも魔法使い探しは暗礁に乗り上げてしまった。
だからと言って諦めたりはしない。
この心底を焦がすような気持ちを捨てられるわけがない。
魔法使いの顔は帽子で見えなかったから、探すのは無理だろう。でも、文芸部長の顔ははっきりと見ている。そちらからアプローチするのがよさそうだ。
部長は挨拶の際に『ミヤタ』と名乗った。それを手掛かりに、三年生に聞いて回ればすぐに見つかるだろう。奇しくも今は文化祭の真っ最中、他学年の教室に行くことに気後れすることもない。
とりあえず私のクラスと同じようにカフェを開いている三年生の教室に入ってみた。そこは和風カフェをコンセプトにしているらしく、ホール担当はみんな和装だった。室内もなかなか凝った飾りつけがしてある。
……と、それを楽しみにきたわけじゃなく。
「抹茶ラテセットをひとつください」
手書きのメニューに『オススメ!』と書かれていたセットを注文し、まもなくそれが運ばれてきたところで、給仕娘の衣装を着た先輩に文芸部長のことを訊いてみた。
「文芸部のミヤタさん? ごめん、わかんない。このクラスじゃないし」
という返事に、思わず肩を落とした。初っ端に当たりを引くとは思っていなかったが、ヒントすら得られないのは、やはりがっかりしてしまう。唯一の救いは、抹茶ラテセットが想像より美味しかったことだろうか。
和風カフェを出て、次はどうしようか……と思案する。
「情報は足で拾え、って刑事ドラマで言ってたし」
結局のところ、手当たり次第に訊いて回るしかない。
そう決めて、隣の教室のたこ焼き屋台の列に並んだ。
結論から言うと、食べ物系の出店ばかりを回ったおかげでおなかははち切れそうになったが、その日のうちに文芸部のミヤタ先輩を見つけることはできなかった。先輩のクラス、三年六組の出し物は作品展示で、教室に展示物が置かれているだけで生徒は誰もおらず、登校しているかどうかすらわからないということだった。
しかし、ミヤタ先輩のクラスがわかっただけでも十分な収穫だ。文化祭が終わり、通常授業が始まってから先輩を訪ねればいいのだから。
そう心を躍らせつつ週明けの月曜を迎え、昼休みになってから三年六組の教室に赴いてミヤタ先輩と対面した。
「あなた? 私を探してるっていう一年生は。何のご用?」
怪訝そうな目で私を見つつ、先輩は少し棘のある口調で言った。かなりの人数に「文芸部のミヤタ先輩はどこにいますか」と訊いて回ったせいだろう。おそらく複数人から「ミヤタを探している一年生がいる」という話を聞いたのかもしれない。考えてみれば、先輩にとってあまりいい気分ではないことをしていたと、今になって思った。
「はい。一年三組の
機嫌を損ねては元も子もないし、それを抜きにしても自分の考えなしの行動を詫びるのが礼儀というものだろう。
「いえ、別に怒っているわけじゃないけど……」
その態度がよかったのか、先輩は少しだけ目つきを軟化させた。
「それで、訊きたいことって?」
「はい。文化祭の朗読会のことなんですけど……」
「来てくれたの?」
「とてもよかったです。時間を忘れて聞き入ってしまいました」
「そう、ありがとう。入りが少なくて失敗だったかなと思ってたけど、会を開いてよかったかも」
お世辞抜き、本当にそう思っていることを伝えると、先輩は嬉しそうに顔をほころばせた。
「お訊きしたいのは、昼の部で物語を朗読していた人のことなんです。帽子をかぶっていたから顔も見ていないし、名乗っていませんでしたし……よければあの人の名前とクラスを教えていただけませんか。直接会って、感想を伝えたいんです」
「……あぁ。それは……」
私の言葉で、先輩の笑顔が少し強張った。何かまずいことを言ってしまっただろうか。
「先輩?」
「ごめん。教えられない」
「え? それはどういう……?」
視線を足元に落とし、先輩は言いにくそうに口ごもる。
「そういう約束で朗読してもらったから、ということもあるんだけど……実は私も、彼女のことは何も知らないのよね」
「はぃ……?」
どういうこと……?
「文芸部の人じゃないんですか? リボンタイは二年生のものだったし……」
「違う。文芸部は私一人しかいないし。あの人は部の顧問が連れてきた謎の助っ人。名前も学年も聞かされていないし、朗読会に出てもらいたければ絶対に訊くなって念を押された。制服は借り物って言ってたから、この学校の生徒かどうかすら不明よ」
「えぇ……」
私を心底魅了した声を持つ魔法使いは、名前も学年もわからない謎の読み手だった、と。
なんだそりゃ。意味不明にも程がある。
かといって、ミヤタ先輩がでまかせを言っているようには見えないし、約束を守って何も訊かなかったのだろう。先輩も当惑しているようだし、ウソではなさそうだ。
「顧問に訊いても無駄、ですかね」
「でしょうね。訊くなと言ったのがその顧問なわけだし」
私の僅かな希望をあっさり打ち砕いて、ミヤタ先輩は嘆息した。
「ごめんなさいね。せっかく訪ねてきてくれたのに、力になれなくて」
「いいえ、とんでもないです。ありがとうございました」
頭を下げて礼を言って、私はとぼとぼと一年の教室へ引き返した。
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