強い奴。

天皇は俺

強い奴。

ピン球が跳ねる音。

額の汗。

やけに遠く感じる女子たちの歓声。

そのどれもが、俺の内臓をチリチリと焦がしていく。心地良い。

俺、伊藤怜恩は口角を上げながら、冷静に来たボールを返して行く。

ラケットがボールを打つ音が打ちっぱなしのコンクリートにこだまする。


ここは、とある高校の地下一階。コンクリートに四方を囲まれた薄暗い卓球場。俺はしけたボールを返しながら、暇つぶしに周囲を再観察する事にする。


手始めに視線を上げると、対戦相手と目が合った。高校三年くらいの大人びた顔立ち。ピンクと黒の宛らフォールガイズの様なユニフォームが目立つ。

確か、この部の部長だったからだろうか。やけに顔色が悪い。それもそうだろう。

現在のスコアは9-0。もちろん、俺が9だ。

ご存知の通り、卓球は1ゲーム先取。先に10点を取った人間が勝者となる。

そう、後一点で彼はこの世界から退場なのだ。

中には、「この世界から退場」という表現に違和感を持つ、世間知らずもいるだろうから教えてやろう。

卓球プレイヤーは敗北を知らない。

何故なら、敗北した瞬間に命を落とすからだ。これも常識だ。

つまり、次のミスで彼は命を落とすのだ。


俺は目の前の相手を視線だけで笑いながら、周囲を見渡す。

女子。女子。女子。

俺達を取り囲む様に、サークル状に女子が群がっている。

その全てが俺の追っかけだ。

俺の一挙手一投足に、いちいち黄色い歓声を投げかけている。

正直、邪魔で仕方がないが俺に魅力されるのも無理は無いとも思う。

何故ならば、俺はエロい。

サーブを打つ時の腕が描く艶めかしい曲線も、スマッシュを打つ時の腰の動きも、芸術的でいてどこか官能的。

興奮してしまうのも仕方ない。


視線を下に下げる。卓球場の床に点々と散らばる、かつて卓球プレイヤーだったもの。

全員、俺が卓球で殺した。罪悪感はない。

確かに、人間の命は尊重すべきだと思う。

しかし、卓球の敗者は人間ではない。

存在してはいけない生き物だ。

憲法にもそう記されている。

むしろ、俺に命を奪われた事を光栄に思うべきだろう。


「おい、何よそ見してんだよ。」


ふと、目の前の対戦相手が口を開いた。

俺は片手間に球を返しながら、返事をする。


「別に?あんたとの試合があんまりに退屈だったもんで。勝敗がわかりきった勝負はつまらないだろう?」


相手は悔しさをすり潰す様に歯軋りをし、唸る。

俺は続ける。


「そろそろ飽きてきたなぁ。もうゲームセットにしてしまおう。」


対戦相手の顔から、一気に生気が失われた。

ラリーのスピードが徐々に増す。

コツコツとピン球が跳ねる音が死神の足音めいて、対戦相手の精神を侵していく。

Oops!!!!!!迂闊!!!!!!

対戦相手は、焦りからか緩いボールを、俺が打ちやすい場所に打ってしまった。

俺は口角を不気味な程に上げ、空中に野晒しの球をラケットで捉える。


極めて水平なラケットから弾き出された球は、信じられない速度で空中を移動し相手コートでバウンド、そのまま対戦相手の眉間に直撃する。


「ゔっっ!」


対戦相手は眉間に直径40mmの風穴を空けられ、情け無い声と共に絶命した。


「ひっ…!!」

「あっ…♡」

「はぁーッ…ああぁっ♡あ゛ーッ♡」

「んぁ、あっ!!♡♡あ゛ああァっ!!!」


同時に周囲の女子が一斉に絶頂する。

俺のスマッシュは刺激が強すぎるのだ。

視界に入るだけで性的快楽を味わってしまう。


俺は彼女たちを横目に見ながら、卓球場を後にしようとする。

この学校のプレイヤーは全員倒した。

ここにはもう用は無い。

暇つぶし程度にはなるかと期待したが...どうやら今日も無駄足だったらしい。

全く期待外れな奴らだ。

俺を楽しませてくれるプレイヤーはいないもんかね..。


俺は内心がっかりしながら出口へ向かう。


すると、出口付近から歩いてくる人影が見えた。

誰だ...?

倒し忘れたこの学校のプレイヤーか?

人影がこっちに近づいてくるにつれ、暗闇でよく見えなかった素顔が顕になる。


柔和な顔立ちながら、その目には確かな熱を灯している。

只者ではないアトモスフィアだ。


「お前が伊藤怜恩だな。」

「だとしたらどうする?」

「俺の名前は水谷。卓球国際機関直々の命令を受け、お前を倒しに...嫌、殺しにきた。」「水谷?知らない名前だな。俺は俺以外の名前を覚える気がない。何故なら、俺以外の卓球プレイヤーは全員俺にやられて死ぬからだ。」「フッ、いつまでその毅然とした態度を貫けるかな。」


水谷は余裕そうな態度で、俺を煽った。


「御託は良い。とっとやろうぜ。」


俺は未だ快楽に浸っている女子たちを掻き分け、卓球台の前に再び立つ。

水谷も同様にそうした。


「俺の必殺技、ズル・イヒ・キョウの前にはどんな殺人サーブも無力だぜ!!」


水谷は不気味に叫ぶ。


「ズル・イヒ・キョウ?」


おれは思わず聞き返した。


「見た方が早いさ。これが俺の必殺技だ!!!!」


そう言って、水谷は卓球台に備え付けられた得点表を捲り、自分の側を9点にした。


「なっ...!?」


俺は水谷の頭脳プレイに驚愕した。

そう、奴は得点をあらかじめ操作する事で自身に大幅なアドバンテージを与えたのだ。

まんまと奴の知略に引っかかってしまった!!迂闊!!!!!!

不幸中の幸い、この得点表が9点までしか表示できないタイプで良かった。

もし、10点以降も表示できるタイプ...例えば電子得点表などであったら俺は即死。

死屍累々の仲間入りを果たしていた所だったのだ。

かつてないピンチに心臓が高鳴る。

恐怖ではない。興奮だ。

面白い。

久しぶりに楽しめそうな相手だ。


「はぁ...。この時点でサレンダーすれば楽に逝かせてやろうと思ってたが...その顔やる気満々だな。良いぜ。狂人。満足するまで殺してやるよ。」


水谷は相変わらず余裕そうに返した。

俺は深呼吸を一度すると、少しニヤッとして口を開く。


「おい、水谷。卓球の敗北条件を知っているか?」

「は?何をいきなり。」

「敗北条件は二つ。一ゲーム、つまり10点を先取されるか対戦中に死亡するかだ。」

「まさか...!」

「そう、そのまさかさ。俺は一回のスマッシュでお前を殺し、一気に10点をゲットする。」


ご存知の通り、卓球の得点はプレイヤーの体力と連動している。

自身の得点が増える度に相手選手のHPは下がっていくのだ。

9点も取れば相手は瀕死。

強力なサーブを受けると絶命してしまう。


すなわち、相手を殺す事は10点を先取する事を意味し、10点を先取する事は相手を殺す事を意味するのだ!!


「9点も先取され、ほぼ死にかけの状態で逆転勝利するだと?今際のジョークにしてはつまらないな。」


水谷はサーブの構えに入る。

恐らくスマッシュだ。

一瞬で勝負をつけようということか。


ならば、こちらもチャンスは一瞬。

...。

十分だ。

こちらにも勝機はある!!

水谷が球を空中に放り...穿つ!!!!

速い!!!!


しかし、確かに捉えた隙。

それがお前の敗因だ!!!水谷!!!

俺は構えていたラケットを投げ捨てた。


「なっ!?ついにイカれたか!?」


水谷が狼狽する。

俺のラケット...いや、俺の強さはこんなもんじゃない...!!もっとデッカい!!


俺は卓球台を両手で掴み、力を込めて持ち上げる。

そう、これが俺のラケット...!!力の証だ!!


「なっ...!何!?」


水谷が驚愕する。


「食らえ水谷!!!!これが俺の!!!!魂の!!!!スマッシュだ!!!!」


そう叫び、俺は卓球台で水谷をブン殴る!!!!「グワー!!!!」水谷が絶叫!!得点表の数字が1となる。


俺は再び卓球台で水谷をブン殴る!!!!「グワー!!!!」水谷が絶叫!!得点表の数字が2となる。


俺は再び卓球台で水谷をブン殴る!!!!「グワー!!!!」水谷が絶叫!!得点表の数字が3となる。


俺は再び卓球台で水谷をブン殴る!!!!「グワー!!!!」水谷が絶叫!!得点表の数字が4となる。


俺は再び卓球台で水谷をブン殴る!!!!「グワー!!!!」水谷が絶叫!!得点表の数字が5となる。


俺は再び卓球台で水谷をブン殴る!!!!「グワー!!!!」水谷が絶叫!!得点表の数字が6となる。


俺は再び卓球台で水谷をブン殴る!!!!「グワー!!!!」水谷が絶叫!!得点表の数字が7となる。


俺は再び卓球台で水谷をブン殴る!!!!「グワー!!!!」水谷が絶叫!!得点表の数字が8となる。


俺は再び卓球台で水谷をブン殴る!!!!「グワー!!!!」水谷が絶叫!!得点表の数字が9となる。



ここまで試合を楽しめたのは初めてだ!!

やはり、卓球は素晴らしい!!

強敵を屠るこの快感!!!!

自らの力を確かめられる喜び!!!!

最高だ!!!!

最高最高最高最高!!!!


「ギャハハハハハハハ!!!!!!!!あんがとなぁ〜〜!!水谷!!お前のおかげで卓球の楽しさを思い出したぜぇ!!強さこそ全て!!俺は俺の力を、これからも証明し続けるぜ!!!!ヒッハッハッハッ!!!!」


水谷はもう返事をする余裕もなく、三途の川を渡りかかっていた!!!!


「これが俺のぉ!!!!力だぁ〜〜〜!!!!!!!!ギャハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」


俺は力を振り絞って卓球台をスイングし、水谷をブン殴った!!得点表が10を刻み、水谷は爆発四散した!!!!


「あぅ…ッん…っ!ひっ…!!はぁーッ…きもち、い゛っ…からぁ!!!♡ん、ん゛ぅう゛っ!♡こえッ!♡れちゃ、うぅ…っ♡ふぁ、あ゛あっ♡♡や゛らあぁッ♡♡あ、あ゛ーッッ♡♡し、ぬ゛…ッ♡♡しんじゃ、あああ゛ァッ!!♡♡♡」

「ああぁっ♡ん…っ!はぁーッ…やぁ、らめぇ…っそこ、っやらぁ…っ!ひっ♡な゛んれッ♡じら、すのぉ…っ♡んぁ、あっ!!♡♡あ゛ああァっ!!!♡♡も、らめ…ッ♡♡す、き゛ッ…♡♡♡すき、すきぃッ♡♡あッ…イ…くぅうう♡♡♡」

「んんん…っ!はぁーッ…やぁ、らめぇ…っ…っ!ふか、あ゛ぁ♡ッふかいィッ♡♡♡さわ、って゛ぇ…ッ♡はやく、あぅ、っ♡あ゛、ぉ…っ!?♡♡やっ…あ゛ァ!!♡♡ひッあ゛ああァッ♡♡♡♡あ゛ッ、んああ゛あぁッ!?♡な゛んれ♡♡イ゛ッて゛る゛のに゛ッ♡♡♡」

「ああぁっ♡あっ…♡…っ!ひっ…!!もうやだ……っ!!!♡やら゛あぁッ♡♡♡あ゛ーッ♡とまッでえ゛えぇ…ッ♡♡ふぁ、あ゛あっ♡♡や゛らあぁッ♡♡キて、る゛う゛ッ…ッ♡♡おあ゛ッ、ああ゛ぁ♡♡キてるの゛ォ゛ッ…♡♡♡♡」


ゲームセットと同時に、一部始終を見守っていた周囲の女子たちは10の135乗回絶頂!!!

一瞬で性ホルモンが過剰分泌され、全員一斉に死亡!!!


薄暗い卓球場の出口から朗らかな陽が射し、死屍累々を優しく照らす。


俺は肩で息をしながら、勝率の悦に浸る。

勝利!!!!強さ!!!!

勝利!!!!強さ!!!!

勝利!!!!強さ!!!!

勝利!!!!強さ!!!!


俺には卓球しか無い...。

俺には、俺の強さしか無いんだ!!!!

俺は暮色に染まった卓球場と死体に踵を返し、一歩また一歩と歩いていく。

新たな獲物を探すために。

自分の存在を確かめるために。


俺の行く先を太陽が照らす。

射したのは朝日か、夕日か。

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