第五夜 石を隠す男
大切なものを見つけるのは早いほうだ。
それが大切なのだと見極めた瞬間から、選別が始まる。
大切なものを大切に扱うには、そうでないものを明確に分ける必要がある。
大切でないものを手放すことを躊躇う理由がわからない。
全てをかけられないのなら、それは大切ではないのだ。
大切なものを失うのが怖いから、他のものも大切にするという人もいるが、その気持ちは俺にはわからない。
大切なものを失ったとしても、それを大切にしていたということが残ればいい。
怖いことなど、何もない。
†
「朔が来るの、そろそろだろう?」
「あー、もうそんな時期か」
出かける準備をしていると、義俊に指摘され、思い出した。
カレンダーに目をやり、新月のマークを探しながら、移ろう季節の早さに驚く。暦の上では秋に突入したが、今年は残暑が厳しく、まだまだ夏の熱気が続いているので、時差ボケならぬ季節ボケをしているようだ。
「今年は十五日か。すぐだな」
同居人が頷くのを見届けて、俺は机の上に投げ出してある手帳をめくり、リスト化したページを開いた。ずらりと並ぶのは心霊スポットやパワースポットと呼ばれる場所の名前だ。
マークがついているのは今年行った場所だ。そこを除外して、一気に行ける三ヶ所ぐらいをピックアップする。今までに何度も行ったことがある場所と、全くの新規が一ヶ所。悪くない配分だ。
おおよそのルートと所要時間を思い浮かべながら、荷物をまとめた。
もう一度バッテリーと雨具、それに財布があることを確認し、荷物を担いで階下に降りた。店舗になっている一階部分に出ると、カウンターで仕込み中の義俊と十和に声をかける。
「じゃあ、出かけてくる。俺が戻らなかったら、朔によろしく言ってくれ」
「ないない」
「わかった。気をつけて」
全く違う反応を見せるふたりに笑いかけ、俺は愛車に乗り込んだ。
最初に向かうのは、今回めぐる中で一番遠い場所だ。山中にある廃墟で、有名な心霊スポットでもある。
さまざまな曰くがあるが、新聞に載っている事件としてはひとつだけだ。心霊スポットとして名が知られた後に発生した、若者の転落死。老朽化した建物の床を踏み抜いてしまったのが原因とされている。隣の県に住む十代後半の青年であることが確認された。現場の状況や、所持品から夜間にひとりで撮影にやってきたものと推測されている。
営業中の殺人事件、工事中の事故死、経営者の自殺など、色々と言われているが、証拠となるものは何もない。得てしてそういうものだ。大抵は、不気味に感じる場所に、もっともらしい理由をつけた結果、噂となって流布されただけだ。
では、何故そんな場所に行くのか。転落死した若者の霊を見つけようとしているのか――という疑問を抱く人もいるだろうが、答えは簡単だ。噂が生まれる場所には何かがある可能性が高いからだ。
毎週欠かさず二、三ヶ所の心霊スポットやパワースポットに足を向けている。そこで撮影したり、検証したりして夜通し過ごすこともある。
当たりだったり外れだったり、結果はいろいろだが、様々なことを掛け持ちしていれば無駄にはならない。俺にとって重要な場所でも、一般的には詰まらない公園であったり、一般的には見どころがありそうな廃墟であっても、俺にとっては無価値なこともよくある。
当たりか外れかは、親指の先ほどの小石が教えてくれる。どう見ても石にしか見えないのだが、こいつはそのあたりに転がっている石とは違い、当たりの場所に来ると様子が変わる。辛うじて目視できる程度の小さな黒い点が、石の中に現れる。無数に増えたそれは、渦を巻くように動き出す。凝視していると気持ちが悪くなるが、それがそこに何かあるという証だった。
廃墟といえど私有地であるので、無断で立ち入るのは違法行為に当たる。青春のエネルギーを持て余した若者が荒らし回ったり、棲家を無くした人が不法に占拠することも多いので、最近の大型廃墟には防犯カメラがつきものだ。
廃墟の敷地内に到達したが、防犯カメラの類は見当たらない。薮の背は高く、最近誰かが近づいた様子はない。転落事故の噂が人を遠ざけたのだろうか。
手にした石に光を当てて観察すれば、小さな黒い粒が浮かび上がっていた。
†
朔は、十年ほど前に、俺の弟になった。
つまり義弟だ。血の繋がりはない。
未成年だった朔を両親が養子としたのだが、一緒に暮らしたことはほとんどない。
年に一度、義弟にとっては実家のような、俺が普段住んでいる家で、片手で足りる程度の日々を過ごすのが恒例となっている。
現在、俺が所有し、暮らしている家は、以前は義弟と共に暮らしていた女性の持ち物だった。彼女が購入した物件であったが、購入後すぐに俺の両親に譲渡されていて、今は俺の名義になっている。
彼女の名前は、天蓋辰砂。俺の初恋の人で、未だ想い続けている相手だ。俺の母親の親友で、多分、母の本命なのだと思う。母子で同じ女を好きになり、引きずっているなんてお笑い種だが、それぐらい強烈な人だ。
朔は彼女と共に暮らしていたが、彼女の息子というわけではなかった。全くの赤の他人だったのだが、何故ふたりが一緒に暮らすようになったのかを、俺は知らない。母は知っているかもしれないが、何も知らなかったとしても、彼女が残した子どもであるなら引き受ける以外の選択肢を持たないだろう。そういう愛情を、母は彼女に向けていた。
十年前、彼女は突然失踪した。
所有していた家や車などは、全て母の名義に直されていたし、家の中の細々としたものはそのままであったが、肝心なもの――例えば携帯電話だとか、手帳、日記、手紙のようなもの――は全て片付けられていたこともあり、覚悟の上での失踪だろうとされた。行き先がわかるようなものは何もなく、失踪する数年前からは、朔は同居していなかったこともあり、どこへ消えたのか、確たるものは未だ見つかっていない。
彼女が失踪したのち、俺は家と車を譲り受け、そこに住むことにした。
彼女の行方がわかるかもしれないという気持ちと、待っていれば帰ってくるのではないかという期待もあったが、何よりも彼女が過ごした場所で、彼女が何を考えていたのか知りたいという気持ちの方が大きかった。
最初はひとりで住み始めたが、大学の同期が飯屋をやりたいとやってきて二人で住むようになり、辺鄙な飯屋にやってきた古物商の客が商売をやりたいとやってきて、今では三人で住んでいる。
ふたりからの家賃収入と、動画や画像の配信、オカルト系のライターなどをやって糊口をしのいでいる。根無草のような人生だ。
人の流入があまりない土地であるから、最初はかなり距離を置かれたが、辰砂の知り合いだと言うと、親しげに話しかけられるようになった。どうやら彼女は、過疎が進んだ地域での頼れる若者であったらしい。確かに彼女は何においても頼もしく、眩しい人だった。
彼女と親しくしていた人たちに「ユオさんのご親戚の方?」とよく聞かれた。ユオという名前に聞き覚えはなく、両親に確認しても知らないという。突然現れた名前が気になって話を聞いてみたところ、彼女が失踪する一年前ぐらいから、短期滞在していた外国人が彼女の元によく出向いていたらしい。その人物が「ユオ」と名乗ったのだそうだ。俺の青みを帯びた金髪が似ているので親戚かと思ったらしい。ユオは一年を待たずに帰国したというが、連絡先を誰も知らなかった。
ユオが滞在していた家を教えてもらったが、持ち主は都会にいて直接話はできなかった。電話で問い合わせてみたが、先方の電話は現在使われていないということで、その線は行き止まってしまった。
行き詰まって苛々を通り越し、無気力になりかけた頃に、朔がふらりとやってきた。
兄弟となってからほとんど会ったことがなかった朔が、何の連絡もなくやってきたことに大層驚いたが、知来真紀という朔とは雰囲気の違う男を伴っていることにも驚いた。
知来は一見、爽やかないい男風だが、腹の底が全く読めないという不気味さがあった。もしかしたら、不気味に感じたのは朔との共通点が見当たらなかったからかもしれない。朔を通じていなかったら、何も思わなかった可能性もある。
知来は同居人の料理を注文をすると、俺に話があると言ってきた。
他に客のいない時間帯だったこともあり、一番奥の座敷席で向き合うと、知来は鉄壁の笑顔のままで「お願いがありまして」と切り出してきた。
「毎年、九月の新月の頃、朔を数日置いていただけませんか」
朔は俺の義弟であるし、この住まいは朔にとって思い出の多い家だろうから、断る理由など何もない。それを赤の他人に切り出されるのは少々面白くはない。
「朔の好きにしてもらって構わんよ、俺は」
昔ながらの広い屋敷だ。一階は店舗として使えるように手を入れているが、他にも部屋は沢山ある。何なら、朔のための部屋を用意してもいいぐらいだ。
「ありがとうございます。では、お礼として情報をひとつ」
「情報? 何のだ」
「天蓋辰砂様について」
名前を聞いた途端に立ち上がった俺は、膝を強かに座卓に打ち付け、湯呑みを倒し、盛大に茶をぶちまけた。が、それを気に掛ける余裕は全くなかった。
「彼女について、何を知っている」
「――資質について、ですね」
派手な音と声に気づいた同居人が、布巾を手にやってきて、俺の行動を制した。気づけば俺は、卓に乗り上げ、服が濡れるのも構わず知来に詰め寄っていた。胸ぐらを掴んでいなかったのが意外なぐらいだ。
座り直し、濡れた卓を布巾で拭う。どこの誰とも知らぬ男が、自分よりも、親友である母よりも知っているということに、言いようのない苛立ちがあった。
知来は変わらぬ表情でこちらを見ている。興奮して何をしでかすかわからない人間を目の前にして、しかも標的となっていると自覚しているだろうに、顔色ひとつ変えないのは少々不気味ではあるが、腹立たしい。
「資質って、一体何の」
様々な感情を噛み殺した俺の問いに、知来は滑らかに答えた。
「世界を産む資質です」
「世界を産む? どういう意味だ」
「そのままの意味ですが、ご理解いただくのは少し難しいかもしれません」
「いいから話せ」
苛立ちを隠さず言うが、知来には何も響いていないようだ。
「『我々が生きているこの世界』といった場合、国を想像する方、地球を想像する方、銀河系を想像する方など、色々捉える範囲が異なるとは思いますが、我々が認知できるすべてのものを包括して世界、としましょう。それを、我々が認知している範囲外に発生させることができる資質、というのを持つ人物がいる。そのおひとりが、天蓋辰砂様ということです」
壮大な話をし始めた知来を訝しむ。スケールが把握しにくい話をし始めるのは、ペテンの手口だ。
「月下部様もご存知かと思いますが、天蓋様が失踪する一年ほど前から接触していた外国人。それが、天蓋様を見初め、世界を産ませるために連れ去ったモノです」
「連れ去った? どこに」
「新しい世界です、月下部様。天蓋様はご自身が産んだ世界にいらっしゃいます」
わけがわからなかった。新しい世界とは何なのかも良くわからないが、そこに彼女がいるという意味が、うまく飲み込めない。
現実的に考えるのなら、知来が言っていることは何かの暗喩だろう。考えうるのは精神的な病に罹ったということだろうか。世界とは個人が認識する範疇を指す言葉として用いられる印象が強い。
となれば、厭世を募らせた彼女が、自分の殻に閉じこもり、自分に心地よい世界を作り出した、と解釈できるし、そのきっかけが外国人であったと考えられる。または信仰の話とも考えられる。外国人との接触により、その人物を心酔し、信仰することで、新たな世界を得た、という考え方だ。
けれど、そのどちらも、自分の知っている彼女とは大きくかけ離れている。
誰かや何かを盲信するような質でもなければ、厭世を募らせたからといって、自分の内に篭ってしまうような人ではなかった。世界を信じていなくても、自身の解釈で、軽やかに生きていくような、そんな人だった。
「今日は良い月夜ですから、月下部様にもご覧いただけると思うのですが」
知来が唐突に話題を変えた。記憶を辿る旅に踏み出しかけた俺の意識が、浮上する。
「あなたの義弟である、月下部朔にも『ユオ』がついております」
「ユオ、が?」
促されるままに朔を見ると、朔は障子の方を見上げていた。そのまま視線を追うと、人の姿をしたものが、そこにあった。人はこれを幽霊と呼ぶのかもしれない。
しかしそれは、ただそこに存在するというだけで、恐ろしい存在ではなかった。恐怖によって身が竦むといった感覚はない。気温の変化も感じない。超常的なものであるのは確かだが、驚きはすれ、それ以外の感情が浮かんでくるものではなかった。
俺は知来の話たことを振り返った。
彼女に関する話は暗喩でもなんでもなく、事実として受け止めればいいだけなのだろう。精神世界に定住してしまったわけでも、信仰に居場所を見つけたわけでもなく、ユオに見初められ、新しい世界を生み出して、そこで暮らしている――その姿の方が、簡単に思い浮かべることができるというのも、おかしな話だ。
「不鮮明だな。近所の人の話じゃ、普通に見えているみたいだったが」
「たぶん、それは契約前だったからだと思います」
「なるほど? それで今度は朔に憑いて英気を養っているってことか」
「申し訳ございません、月下部様。説明が不足しておりました。『ユオ』というのは個人を指す名称ではなく、種族を指す名称となります。ですので、朔についているモノと、天蓋様についているモノは違う個体ということになります」
つまり、『月下部晴臣』ではなく『人間』ということかと理解して、はたと気づく。
「ちょっと待て。ということは、朔はもう、契約しているということなのか?」
「――はい。相談もせずに決めてしまい、申し訳ありません」
これまで黙りこくっていた朔が、硬い表情で深々と頭を下げた。もはや土下座である。何も言わずにいたのは、謝罪するタイミングを伺っていたのと、叱られるかもしれないという緊張からだったのだろうか。
弟とはいえ義弟であるし、一緒に暮らしたこともない。俺の両親に対してならまだわかるが、友人よりも遠い、赤の他人と言っても差し障りがないぐらいの距離感の書面上の兄に対して、そんなに気を使う必要など全くない。
「いや、そんなに恐縮する必要はねぇよ。怒るだけの理由もねぇし。単純に驚いたのと――彼女の行き先について知っていたなら、教えてくれれば良かったのにと思っただけだ」
正直に打ち明けると、朔はきちんと座り直して言った。
「俺が世界を作って二年になりますが、分かったことがいくつかあります。そのことで、晴臣さんにご相談したいことと、お伝えしたいことがあって、来ました」
「相談したいこと?」
「はい。知来に、晴臣さんは心霊スポットによく出入りしていると聞きました。そういう場所にある『強い感情』を集める手助けをして欲しいのです」
朔の言葉を聞きながら、知来の顔をチラと眺めた。何も言わずにいるが、俺の活動をしっかりと把握しているということだ。涼しい顔をして、こちらの話を聞いているが、疾しさのような感情はないのだろうか。とはいえ、こちらにも疚しさはない。顔を出して活動しているのだから、調べなど簡単につくだろう。
「集めるといっても、どうやって」
「こちらの石をお使いください」
卓の上に手のひらに乗るぐらいの巾着を出した知来は、紐を解いて中を見せてきた。指先ほどの白っぽい小石がいくつか詰まっている。
「強い感情のある場所に行けば、この石に変化が現れます。そういう場所に、この石を置いてきていただきたいのです」
摘みあげてみたが、なんの変哲もない小石だった。怪訝に思って首をかしげると、ユオがのそりと動いて近づいてきた。途端に、石の表面に細かい黒い点が浮かび上がり、ゾワゾワと渦を巻いて蠢き始めた。その様は虫のようであり、砂鉄のようでもある。
「これをどうするんだ」
悍ましさに肌が粟立つのを感じながらも、冷静を装って尋ねた。
「持ち帰って、種にします」
「種?」
「生き物を生やすための、種です」
こんな不気味なものを種にするという発想に驚いたが、朔は思案げな顔をして言った。
「ユオが言うには、世界を産む力というのは『陽気』が強すぎるんだそうです。そのままでは生命が発生しにくい。世界は多様でなくてはいけないので『陰気』を取り込まなくては偏りが出てしまう。そのため『強い感情』が必要になってくるわけです」
話を聞いてみたが、理由として通っているのかどうかの判断を下すだけの基準を、俺が持っていないことだけがわかった。
「石を置いて、回収すればいい、ってことか」
「いえ、回収は俺が。『強い感情』は、常人には良いものではないので」
俺が摘んでいた石を回収してケースにしまう朔を眺め、先程から気になっていたことを尋ねてみることにした。
「なあ。彼女も、時々はこっちの世界に戻ってきてるのか?」
朔は俺を見返すと、残念そうに首を振った。
「世界を渡ることができるのは、俺とあとひとりぐらいしかできないみたいです」
「朔は彼女の世界に行くこともできるのか?」
「たぶん。相手が許してくれれば出入りは容易になるみたいですが、最初の訪問は完全に運らしいので、そのあたりをクリアすれば、会うことができると思います」
「そうか。羨ましいな」
心の底から出た言葉に、朔は困ったような顔をした。
†
「これ、連絡した石」
一年ぶりに顔を見せた義弟に、巾着に入れた薄ピンクの石を手渡す。
先月、石を置きに行った神社で、必死にお祈りをしていた少女から預かったものだ。
「ありがとうございます。あ、その前の相談についても。知来も『助かりました』と言ってました」
掲示板で見つけた、特異体質で悩んでいるという相談のことだろう。
オカルト関係を扱う掲示板は、情報収集を兼ねて毎日チェックしている。気になった書き込みにはレスすることもあるが、解決できるわけではないので、後のことは知来に丸投げしている。
「ああ、アレも片付いたのか?」
「はい。怪しげな団体も見つけられて、とても喜んでましたよ」
腹の底が見えない男が、嬉々とした表情を浮かべるのを想像しようとしたが、見事に失敗した。知来は怪しげなオカルト団体を把握し、観察するのが仕事なのだそうだ。そんな仕事があるのかと思ったが、どんなものでも需要があれば商売は成り立つものだ。
朔の帰宅に合わせて、店は休みにしている。
真っ黒に日焼けした朔をカウンター席に座らせ、茶の準備をしながら、この一年の出来事について報告し合う。まるで家族のようだと思うと、妙な気分になるのだった。
茶托に乗せた湯呑みを朔の前と、その隣の席に置く。月の無い期間にその姿を見ることはできないが、きっとそのあたりにいるのだろう。以前は必要ないと言っていた朔も、今では何も言わなくなった。茶が減るわけでもないので、本当に必要はないのだろうが、いるとわかっているのに無視するのもおかしな気がするのだ。
朔の土産をお茶請けに、緑茶を啜る。今年は秋になっても全く涼しくならない。熱い茶を啜ると清涼感はあるが、汗が噴き出てくる。こんなことなら麦茶でも良かったかと思ったが、土産のアラレとの相性は良い。
「十和は畑に行ってるから、夕方には戻る。義俊は買い出し。そろそろ戻ると思うぞ」
留守にしている同居人を探しているのか、落ち着きなくしている朔に教えてやると、恥ずかしそうに苦笑しながら顔を軽く叩いた。
「あからさまでしたか」
「気になってるんだろうと思っただけだ。十和とは仕事の話もあるんだろ?」
店舗部分のの三分の一ほどが、十和が扱う雑貨スペースとなっている。そこには、十和自身が作ったものの他に、朔が持ち込んだ怪しげなものも沢山置いてある。害は無いのかと訊いたら、十和の目利きは確かなので問題ない、という些か不安な答えが返ってきたことがある。
「ええ。今回も色々ありますよ。あ、晴臣さん、石でしたね」
物から連想して思い出したらしい朔は、大きなリュックサックを漁り、ルースケースを取り出した。
形の整った色とりどりの石は、一般流通している貴石のようだが、そういった代物ではない。美しく身を飾るだけのものではなく、毒にも薬にもなる、怪しいものだ。
「その、白い石にしよう」
歯を思わせる、小粒な石が気になった。マクラメで編み込むのには少々骨が折れそうなサイズではあるが、最初の時に、気になるものが相性が良いものだと教えられたので、素直に選ぶのが正解だろう。
「晴臣さんは、毎回面白いものを選びますね」
ケースを開けた朔は、俺の手のひらに摘んだ石を置いた。こうして全体を眺めれば、形までも歯によく似ている。それを不快に思わないのだから、これが相性というものなのだろう。
「いつか、晴臣さんの石も扱わせてくれますか?」
問われて、俺は薄く笑った。
彼女の夢を見た朝に見つけるそれを、幼い頃にもらった、彼女からのバレンタインのチョコレートが入っていた缶の中に、大切にしまっている。
「朔が、彼女の世界に行けるようになったらな」
心の中で、チョコレートの缶をそっと開く。月の色を溶かしたような、淡い小さな石がしまわれていることを確認し、静かに蓋を閉じた。
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