第23話

「おそらく一週間後の文化祭当日までに、その数は100を到達することになる目測だ」


「……それ本当の話なのか?」

「ああ」

「たかが一、一般生徒の親衛隊に?」

「そうだ。蓮さんは一般生徒ではあるけれど、その前提を覆すほどの逸材であるからな」


 そう言ったばやしこが、嘘を言っているようには見えなかった。もともとばやしこはそんなつまらない嘘をつくやつじゃないし、そんな嘘をつく意味もないだろう。空いた口が塞がらないとはまさに、今の俺の状態を指す言葉だ。俺の父親の親衛隊がいつの間にか、そんな大規模なものになっていたとは……。


「ど、どうやってそんな人数を集めたんだ?」

「人伝いの勧誘だ。噂が噂を呼んで、この親衛隊はその勢力を拡大していった。特に僕ら親衛隊から公に宣伝などしていないしな。もちろん、誰でも親衛隊になれるわけじゃないぞ。それこそ中途半端な覚悟で親衛隊に入ってこられて、親衛隊の輪を乱されても困る。親衛隊志願者全員と僕は簡単な面談をして、蓮さんへの想いが確かなものであることを確認し、その上でメンバーに認定している」


 俺がぼけっと過ごしていた一週間で、そんな大事になっていたんだな……。

 今の話を聞く限り、ばやしこはこの一週間で70人を超える志願者に対して面談を行なったことになる。単純に計算しても、一日に10人以上と面談したということで、それはまるで大企業の採用担当のようだった。いや大企業の採用担当もそこまで一日に面談をすることは稀であろうに。


 俺がこの一週間ばやしこを見ている限り、忙しそうにしている様子は特に見られなかった。きっと裏で粛々とその面談をやっていたのだろうし、すごい情熱と忍耐力である。もともとばやしこはオタク活動に熱を注いでいたし、それが父さんに向かったと考えれば案外不思議な話でもないのかもしれないが。


「ちなみに僕からスカウトしたのは、哲。お前だけだ」

「そんな特別待遇は別に望んでない」


 冗談はさておきとばやしこから、具体的な文化祭の話が始まった。


「我々親衛隊は、何事も起こらず、かつ蓮さんが生き生きと活躍できるような文化祭を目指して、様々な案を出してはその案について検討を重ねてきた。時に文化祭実行委員に掛け合い、理想の文化祭について熱い議論を交わした日もあった」

「お前ら一体どれだけの組織になってるんだよ」


 俺のありがたいツッコミを無視してばやしこは話を続ける。


「結局、我々と文化祭実行員は文化祭に向けて協定を結ぶことに成功した。そして、二つの策を仕込むことにした。整理券システムの導入と親衛隊メンバーの見回りだ」

「整理券……?」

「ああ。うちのクラスが来たる文化祭にて繁盛することはもう目に見えている。このまま何もせずに文化祭を迎えれば、うちのクラスの前には長蛇の列が形成され、他のクラスの出し物に影響を出してしまいかねない。そこで整理券システムを導入して、客を時間ごとに捌いて混乱が起きないように徹底をする」

「えらい大事になってきたな……」

「それに同時並行して、親衛隊メンバー64人を4人16組に分けて、うちのクラスの見回りをするんだ。文化祭は2日間、午前9時から午後17時まで行われる。だから1日8組、1時間ごとに1組、うちのクラスのコスプレ喫茶に客として親衛隊のメンバーを潜入させる。何か異常があれば即時に対応し、近場にいる他の親衛隊にも連絡をとる算段になっている」


 聞けば聞くほど、大掛かりな作戦であることが伺える。


「にしても、父さ……じゃなくて蓮さんのシフトの時以外は、別に見回りをする意味はないんじゃないか?」


 たしか父さんは、一日目の午後と二日目の午前中のシフトであったはずだ。普通の人は二日間で1回シフトに入れば許されるのだが、父はクラスメイトたちから2回シフトを入ることをお願いされていた。父がシフトに入る回数が、そのまま売り上げの向上につながることは、誰でも少し考えれば分かるだろう。

 短絡的に考えれば、父がシフト以外の時間に店内の見回りをする意味はないように思えるが。


「そんなこともない。常に現場の状況を把握しておくことが大切だ。どんな状況で蓮さんがシフトに入るのか、また蓮さんのシフトが終わった後現場はどんな状況になっているのか、それを知っておくことは無駄にはならない。それに当日の流れで急遽、蓮さんのシフトが増えることになるかもしれない」

「……それは一理あるな」


 クラスメイトからシフトの追加を当日に頼まれ、安請け合いしている父の姿が目に浮かぶ。父は2回シフトに入ることをクラスメイトたちからお願いされていた時も、満更でもない表情をしていたしなあ。


「逆にシフト以外の時間はどうするんだ? 父さ……じゃなくて蓮さんは、校内を彷徨くだけでも人だかりができてしまいそうだが?」

「そこはプライベートな部分であるからな。我々が特別何か策を仕込むことはない。ただ常に校内には親衛隊がパトロールを敢行しているし、何かあればすぐに駆けつけることができる体勢は整っている。……ところでさっきから、お前が蓮さんを父さんと言い間違えているのはなんなんだ?」

「なんでもない。ただの言い間違いだ」

「普通言い間違えるかそれ?」

「たまたま蓮さんと父さんの名前と一緒なんだ」


 蓮さんと父さんは同一人物であるので、それはたまたまなどではなく当然の話であるのだが、当然そんなことを知りもしないばやしこにそう言うと、そういうことかと素直に納得してくれた。ばやしこも疲れているのだろう。


「そういえば、哲の幼馴染ちゃんが文化祭実行委員にいてな、一つ目の作戦の中核を担ってもらうことになった」

「愛菜が……?」

「ああ。誰か協力できる人員はいないかと文化祭実行委員に聞いたら、彼女を紹介されてな。なんでも低学年っていうことで元々の仕事量が少ないみたいだったから、こちらの作戦を手伝ってくれることになって。知り合いでもあるし、信用もできるうってつけの人員だと思ったんだが……」


 そこまで言うと、ばやしこは少し顔を曇らせた。


「彼女、なんだか調子が悪そうなんだよな……」

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ある日、父親が美少女になって帰ってきた でらお @naoyaono

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