イヌとの戦い

 しなやかに、大きなケモノがやみからおどり出た。


「なんだ、コイツ!? コイツも赤面あかつらなのか!?」


 祐斗ゆうとがさけぶ。


 赤面と同じくソイツは犬の姿をしていた。しかし、毛色はうす茶で、体が何倍も大きい。

 顔には茶色のすじ模様が広がり、まるで歌舞伎かぶき役者のくま取りのようだった。


「コイツはいぬやん! 赤面が力をつけると、コイツになるやん!」



 うなりながら、白と茶のケモノはじっとにらみ合った。


 その張りつめた空気がパッとはじける。3匹がぶつかり、キバをひらめかせてははなれ、またすぐにぶつかり合う。

 電光石火のかみ合いに、祐斗とめぐるはリュックをにぎりしめながら見守ることしかできなかった。



「2対1だし、火の能力もあるし、今までどおり勝てるよね……?」


 不安げに言っためぐるに、祐斗は苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「お前、フラグ立てるな――」


 しかし、言い終わらないうちに、するどいさけびが飛んできた。



「にげてっ!」



 反射的に2人はそちらを向いた。茶色のケモノがヤンとユージローの間をすりぬけ、こちらにかけてくる。


 それをユージローが必死で追いかけ、かろうじてしっぽに食らいついた。しかし、ふり飛ばされ、派手に地面にたたきつけられて、止めることができない。


 ツメとキバが間近にせまる。そのとき、2人と狗との間に白い体がすべりこんだ。


「ヤン!」


 今できる最大限の火力、バスケットボールくらいのタヌキ火を燃やし、ヤンは狗を撃退げきたいしようとした。だが、狗はそのまま火へとつっこんでくる。

 ぶつかられ、もんどりうったヤンは、顔面をツメで横一文字に切りさかれて、「ギャアッ!」と悲鳴をあげた。


「やめろっ!」


 祐斗とめぐるが、がむしゃらにリュックをたたきつける。すると、狗はうるさそうに小さくうなって、サッと飛びすさった。


 かけつけたユージローが狗をけん制しながらさけぶ。


「2人とも、大丈夫だいじょうぶ!?」


おれたちよりもヤンが!」


 祐斗はヤンの元へ向かい、ガバッとだきかかえた。めぐるも心配そうにのぞきこむ。

 見れば、毛と皮ふがけずり取られ、傷で目が開けられないようだった。とても痛々しいが、出血はしていない。


「ヤン、大丈夫か!?」


「祐斗、ごめん。目が見えやんくなっちゃった……狗をたおさないといけやんのに」


「そんなこと気にしなくていい!」


「そうだよ、ヤンちゃん!」


「でも、うちのありったけのタヌキ火をぶつけても、かすり傷すら負わせられやんかった。その上、目まで見えやんなんて……」


 2人は言葉につまって、1匹でけん命に狗を足止めしてくれているユージローに目をやった。

 ユージローがキツネ火を放っても、狗はツメで切りさき、キバでかみくだいて無効化してしまう。ダメージを受けている様子はない。

 2対1も、火の能力も通用しないのなら、自分たちはどうやってこの戦いに勝ったらいいのだろう。


 狗の口角がニタリと耳までさけ、キバがギラリと光った。



「キバが光ってる……」


 めぐるのつぶやきに、祐斗もぶるりと体をふるわせた。恐怖きょうふの気持ちが、狗のキバをより一層するどく見せる。


 でも、めぐるの言葉はそういう意味で言ったのではなかった。今度は確信に満ちた口調で、めぐるはさけんだ。


「見て! キツネ火にふれるとき、狗のキバやツメが光ってる!」


 言われて、祐斗はぶつかり合う2匹をぎょう視した。動きが速すぎて、祐斗には狗のキバが光っているかなんてわからない。わからないが、運動神経がよくて、ハシゴだってサルのようにするする登れるめぐるが言うのなら、そうなのだと思った。



「もしかして……」


 視線をヤンにもどして、祐斗はひらめいた。


「狗はキバやツメに火の能力をぎょう縮させてるんじゃないか? より強い火をまとっているから、こっちの火が効かない。ヤンのケガから血が出ていないのも、焼かれた傷だからなんじゃないか?」


「えっ、なんで焼かれた傷は血が出ないの?」


「傷口を焼いて止血する方法があるんだよ。マンガとかで見たことない?」


 2人のやり取りに、ヤンがプッとふき出した。


「やっぱ祐斗は想像力がたくましいやん!」


「茶々を入れてる場合か! ……ヤン、火の能力を体の1か所に集められるか? 火の玉を飛ばすより、その方が強力な技になるのかもしれない。……ユージローは手いっぱいだ。お前がやるしかない」


 ヤンは不敵な笑みをうかべて、ひらりと祐斗のうでから飛び出した。


「できたら後でいっぱいほめてやん!」



 深呼吸をし、うってかわって真剣しんけんな表情になる。

 やがて鼻をひくつかせながら1歩、2歩とふみ出し、ヤンは猪突猛進ちょとつもうしんに走り出した。


「ユージロー! ヤンのサポートをお願い!」


 めぐるの言葉を受けて、ユージローが全力のキツネ火を放った。狗はそれを片手で切りさくと体の向きを変え、せまってくるヤンに大きな口を開けて飛びかかった。


「やれっ、ヤン!」


 祐斗の叫びと共にヤンが地面をける。

 白いケモノが真っ赤な口の中に頭突ずつきをくらわせた瞬間しゅんかん、狗は火ダルマになり、あとかたもなく消え去った。




 辺りに沈黙ちんもくが落ちる。




「ヨッシャ! !」


 ゲームで敵をたおした時のように祐斗がガッツポーズでさけんだ。めぐるも笑顔になって飛び上がりかける。

 が、その言葉の重みに気づいて、2人はハッと固まった。



 その横で、ユージローがヤンにかけ寄る。無事を確認するように鼻を近づけ合うと、2匹のしっぽがふわりと2本に増えた。

 ユージローのもう片方の目じりに新たな赤い線の模様が入る。

 一方、ヤンは狗にやられた横一文字が銀砂ぎんしゃのような光でおおわれ、それが散らばると傷が消えていた。目と目の間には青い線の模様が現れていた。






「あ、祐斗。あの花も食べられるやん」


「ひっつくな! 歩きにくい!」


「や~ん。がんばったんだから良いや~ん」


 祐斗のうでには女の子がからみついている。毛皮でできたみののようなものを着ていて、ワンピース形のそれからは白い足と2本のしっぽがのぞいていた。

 人間の姿に化けたヤンだ。



 しっぽと模様が増え、新たに獲得かくとくした能力は変化へんげだった。

 ヤンとユージローは、自分以外の姿に化けることができるようになったのだ。



 その様子を気にもとめず、めぐるは草を食べていた。ユージローが「この草は食べられるんだよぉ」と言うので、空腹をまぎらわすため、見つけるたびに口に放りこんでいるのだ。

 アクも少なく食べられるには食べられるが、切実にドレッシングがほしい。



「あっ!」



 がけのようなところに出て、眼下に広がった光景に2人は声をあげた。

 山の斜面しゃめんにいくつも畑があり、つづら折りの道に沿って板ぶき屋根の民家が建っている。


「町じゃなくて集落、だね」


「古い日本って感じだな」


 改めて異世界に来たのだということを感じながら、2人はあともう一息、と再び歩き出した。


 この世界で生きるための、そして元の世界に帰るための手がかりを求めて。

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【短編版】ハウリングスターズ きみどり @kimid0r1

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