第34話

「でも、よくそんな依頼を受けようと思いましたね?貴方なら仕事は選べる立場でしょう?」灰流は不思議そうに言う。


「まあ、正直に白状すれば、金に釣られた、という感じです。報酬が高かったので、飛びついてしまいました」


「詐欺...という可能性はありませんか?」


「私も最初、それを疑いました。ただ、気前の良いことに、報酬は前払いだったんです」


「なるほど」そう言うと、灰流は押し黙る。


「何か気にかかる点でも?」


「いえ、どこかでこれと似たような話を見聞きした記憶があって」灰流は空を仰ぐ。「なんだったかな...かなり前だと思うんですけど、波佐見さんが受けた依頼と類似する話を聞いたような気がします」


灰流は、うんうんと頭を捻る。


「もしかして、ここ最近、ご友人が同じ依頼を受けた、という可能性はありませんか?発注者は私の米国時代を知っていたので、同様の依頼を米国の他のプログラマーにも依頼しているかもしれません」


しかし、「いや、直近のことなら、覚えているはずです」と彼女は否定した。依然として、しかめ面のまま、懸命に記憶を掘り返している。


私は話題を転じて、「そういえば、まだ日本に帰国された用向きを聞いていませんでしたね。やはり、学会ですか?」


「ん?ああ、いや、私用ですよ。私用。ちょっと日本の病院に用があって」


「病院?何かお体に問題でも?」


「私は健康そのものですよ。病院に行ったのは、古い友人を見舞うためです。その友人が大病を患って手術をしまして。そのお見舞いです。幸い、手術は成功しましたし、意外にも元気そうでした」


「それは良かった」


「というか、元気過ぎて、周囲が困るぐらいでしたよ。ついさっき病院に行ったんですけど、驚かされましたよ。なんたって、部屋にパチンコ台を持ち込んでいるんですから」


「病室にパチンコ台ですか...よく病院側が認めましたね」


パチンコ台と、病院。あまりにもイメージが遠く、親和性はゼロと言っても良い。


「まあ、お金はありますからね。大方、理事長に交渉して持ち込んだんでしょうね」


その夜は、他愛もない話をたくさんした。私は酒を飲まないので、酔いはしなかったが、彼女はどんどん杯を空けていった。私はそのペースに驚かされつつも、彼女の新しい一面を知れて素直に嬉しかった。

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ある魔術師についての言行録 @bankman

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