第64話 おセンチカフェオレ俺は?

「私は残ってるコーヒー、もったいないからミルクたっぷりカフェオレにするけどどうする?」

そう聞くと、2人もそれで、と答えた。

 あんだけ回し飲みしてるんだから、誰がどれとかもうないよねえ。

 カパカパっと残りを鍋に開けて、牛乳を注ぎ温める。

 

 かき混ぜていると、ふと。

 

 初めてお呼ばれした「夜咄よばなしの茶事」で、カラスミを食べて、濃茶の回し飲み初体験をした、あの日の思い出が脳裏に蘇った。

 重箱みたいな縁高ふちだかから菓子をとって、緊張しながらみんなで食べたことも。


 ああ、回し飲み繋がりか……


 今までとりわけ思い出したこともない記憶が。

 こうやって、びっくり箱のように突然ぱかりと開いて、これからも度々、私を驚かせるんだろうなぁ。


 過ぎた日々の思い出は、誰にとっても鮮やかで、胸を締め付けるもの。


 帰れない故郷の残像。


 センチメンタル・ブーストがかかって、ことさら私には眩し過ぎるだけ、それだけ。


 あの日、お母さんにお着物を着せてもらって、待ち合わせたみんなと電車に乗って。

 駅から智子の家の茶室に向かう途中、冬の夕暮れはつるべ落としで、あっという間に外が暗くなってきて。

 静かな住宅街を歩いていく、私たちが間に間に咲かすお喋りの華。

 夜の茶会へのわくわくと共に吐かれる白い息、道すがらの垣根に咲いた椿の赤い花……


「コニー? 吹き溢れんぞ」


「あ! ぼんやりしてた。ごめんごめん、ありがとう」


 「はい。ここに入れて」

クレールが、なんとも小粋なカフェオレボウルを用意してくれてた


「わあ〜! 可愛い食器だね!」


「祖母は趣味が食器コレクションだったから。〈プティ・デジュネ・ボルカフェオレボウル〉奥にいろいろしまってあるよ。散歩から帰ったら午後ゆっくり一緒に見てみようか。コニーのお気に入りのを専用に決めたりしようよ、きっと楽しいよ?」


「え?! いいの? 

わあぃ! 雑貨大好き! クレール大好き!

今からめちゃくちゃ楽しみだよぉ」


「……俺は?」


 へ? あ、そっか……

「ご、ごめん……エタンは午後から仕事だったもんね。

あのさ、やっぱエタンがいる時にやろうか?」


ちげぇえし……」


「ほんとごめんったら〜。すねないで。ね、ほら、マフィン食べよ? 座ってエタン」


(「ぷっ! だっさ! なあ。『クレール大好き』だって。聞いたか? 羨ましいだろう」)

(「アホ! うっせ!」)

(「僕はものすごく嬉しいんだけど」)

(「チッ! ああ! 羨ましいぜ」)


 クレールとエタンがなにやら肘で小突きあって、こしょこしょ喋っている。

 午後の予定調整か? まあお任せするよ。


 みんなで食べながら、さっきの実験結果の取りまとめをしようね。


「つまりだな、口に含みつつ明確に味を思い描いて魔素を流す。

舌が光って瞳が群青色になってキラキラしたら成功。

で、持ってるものの味が再現されると」


「さっき話した通り、それでうん合ってるよ。

で? 目と口を閉じておけば光は外からは分かんないのね。初回分かったのは、私がすぐ喋って口ん中が光ってんのが見えたからってわけで」


 人前でやんないことが前提だけど、万が一の時も目と口を閉じとけばなんとかやりすごせそうだ。

 対象物はちょっと光っちゃうけど。


 んっと、最初の問題はこれだ。

「ピカっと宿舎コーヒーはさ〜、ピカっとクレールコーヒーの、なんか劣化版って感じなんだよね〜」


「ああ、分かるぜ。似てんだけど、底が浅いって言うか……」


「僕が思うに、グレードじゃないか? 魔道具だって、なにもないところから生み出したり、あるものを消したりは出来ないんだ。

 僕は食べ物のことはよくわからないけど、無い旨味うまみはひねり出せないって感じで……」


 思わず私はガタンと椅子から立ちあがる。


「それ! それだ! おそらくそう。微量栄養素とかミネラルとか、味の濃さとか。

持ってるエネルギーっていうの? 味を決めてくなにか、パワーの含有量が違うんだよ」

うん、無い袖は振れないってやつなのよ!


 となると、その辺の安い食材を、黄金の味に変えるってわけにはいかないんだな?

 最低原価の食材仕入れで、高級食材思いのままでボロ儲け! ってウマイ筋書き方面にはいかんのね……。


「コニーどうしたの? 急にがっかりしたような顔になったけど」


 さっき思ったことを説明すると、エタンが笑いながら、

「はは! そんなこと考えてたのか! さすが立派な職人兼経営者だ。金の心配はしなくても大丈夫って昨日言ったろ?

それに多分魔石があの調子で作れたら、相当なもんだぜ?」


 あ、そうだった。

「昨日のアレね。半分当面の生活資金に充ててもらえるかな? もう半分は3人でお小遣いとして山分けしようよ。お礼というかご挨拶のお品というか……。まあ綺麗だし、好きに使って?」


「いや。あー。話が長くなるから、説明はまた今度にしようか。うん。とりあえず大事に預かっとくね。ほら、あそこ」

 キッチン奥の作業台端っこをクレールが指差した。


 そこには大きなアンテイークっぽい、ガラスの丸みを帯びた四角いキャニスターがあった。

 そして中に私の七色の球がころころ入っていた。

 フル充電の魔石は透明感がないから、キラキラ光るスーパーボールみたいだな〜。


 魔石の取り扱い。

 その辺の説明はおいおいね、はーい。


 支援指導係って、芸能人のマネージャーさんみたいだなぁ。

 なんでもお任せ〜ってね。

 当面こっちに慣れて目処がつくまでは、素直に甘えさえてもらおうっと。


「グレードが関係ありそう、ってクレールの意見に私も同意。

あ、二人はマフィン食べてて。私はね〜ちょっとこれ食べてみる」







【次回予告 第65話 マフィンを食べながら】




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