第46話 乾杯再び

 フルートグラスに注がれたシュワシュワした金色のお酒。

 コニーの初料理でのお祝いだからシャンパンを奮発さ、とクレールが言った。


 シャンパンってフランスのシャンパーニュ地方で作られ、AOC法をクリアした発泡ワインのみ掲げられるかんむりなのに、異界の地でどうしてその名前になったのか気になる。


 聞いてみると由来の答えは、初代おヌル様が大統領就任の祝いの席で振る舞われた、高級発泡ワインをそう呼んだからだそうな。

 それを耳にした醸造所が名誉あるということで、その発泡ワインを『シャンパン』と改名した、逸話を教えてくれた。

 なるほどね~。


「さっきはエタン音頭おんどの勢いある乾杯だったけど、今度は僕がしてもい?」


 うんうんとうなづき、グラスを手にした。


「リンゼル島へようこそコニー。君にとっては図らずも、だけれど。


今この瞬間は、君の新しい門出に僕らが共にある幸福を、ただ純粋に喜びたい。


戸惑いも、寂しさも、苛立ちでさえも、君の大事な一部としていつくしむよ。


手をたずさえてゆっくりと一緒に歩んで行こう。


コニーの新しい人生に乾杯!」


「「乾杯」」


 う、やばい。

 ちょっとうるっときちゃった。


「感動屋さんだね。持ってきて正解」

クレールがそっとハンカチを差し出した。


「えへへ、ありがとう。

さあ食べてみて! お口に合うといいな」


 予告通りエタンは、プレーンの赤ピーマンが沢山乗ったほうのカナッペにかぶりつく。

 男子には2くち想定サイズだ。


 クレールは私と同じく、渦巻きをお皿に取って食べていた。

 全部の食材やパーツは作りながら食べているんだけど、完成して丸ごととなると趣がまた違ったりする。

 うむ。美味い! やっぱこのディルみたいなの入れて正解だわ。


 あれ? 2人とも大人しい?


 チラッと前のソファーに座ってるクレールを見ると目があった。


「見た目もさることながら、何とも上品で優雅な前菜だね。洗練とかこういう意味のフランス語って……」


「〈éléganceエレガンス〉?」


「そう、それ。本当に美味しいね。あ、表現力が乏しくてごめん。興奮というか感情が乗ると、わりと僕はそうなんだよ。でもほんとこれ美味しい」


「気に入ってくれた? 実はそのエレガンス。クレールをイメージして作ったんだよ。

若干色味は違うけど、緑とオレンジ、白い肌、そんでときおり照れて赤くなっちゃうその『ときおり』は小さなトマトで表現。

そんで魔素の煌めきを表面のツヤツヤゼリーで。

うふふふ、どうかな?」


 お皿を持ったまま、みるみるほっぺの赤くなるクレール。


「感動した? 泣く? ハンカチ返そうか?」


 私が調子に乗ってニヤニヤしながら追い打ちをかける。

 横でゲラゲラ大笑いするエタン。


「ああ、本当に。感動したよ。コニーありがとう」


 そんな私たちに対しクレールは、ムキになって言い返すどころか。

 咲いたばかりの花にように。

 はにかみながら、匂い立つような初々しい笑顔でお礼を言ってくれた。


 完敗だ……。

 いや、君の緑の瞳に乾杯だ。


 クレールの素直極まりない、麗しい微笑みの返り討ちに、心の中でしょーもないオッサン駄洒落を呟きながら、私はシャンパンを口にする。


 エタンもサーモンを食べ、またシンプル赤ピーマンに戻って、2個目をパクついている。

「赤ピーマンやっぱものすんごく美味え! パンの食感と赤ピーマンの食感の違いが面白い。2口で無くなっちまったのに、いつまでも口に後味が残ってて。いつもなら次々ガツガツ行くが、余韻がもったいなくてしばし漂っていたい感じがする」


「やったー!! 最高の褒め言葉頂きました~。

お菓子と違ってそこまで作り込んでないから、単純に嬉しい」


 3人で、いやいやさすが、いえいえそんな、などと社交辞令月並みのやり取りのあと……。


「クレールもエタンも手放しで褒めてくれたけど、正直腕前は菓子が二流、料理が三流っていったところかな。

まあまだ開業3年ちょっとの駆け出しだからね。

これからだと思ってるし、『その気概に実力がいつかついてくる』って師匠も言ってた」


 シャンパンをくぴって飲んだ。

クレールもエタンも、宣言通りの慈しみに満ちた眼差しを向けてきた。


「コニー、やっぱお前おとこらしいな」


 横からエタンの手が伸びてくる。

 ぬ? 頭ワシワシ攻撃だな、やめれ~と攻防する私。


 そんな私たちを、縁台えんだいから孫を見守るお爺ちゃんよろしく、ニコニコ見ているクレール。


 取り止めのないことを喋って、美味しいお酒飲みながらおつまみ食べて。

 ふふふ、楽しい時間。


 ああ、この2人といると悲愴感ひそうかんなぞ吹っ飛んでいくような気がする。


「ねえエタン。こっちの赤ピーマンのやつはまだ食べてないんじゃない? 食べ比べてどっちが好きか感想教えて?」


「飾りが違うだけじゃなくて、そういえばちょっと茶色いな?」


 え? 僕も比べよう、とクレールも参戦。


「おお! こいつはこんなちっこくて野菜のくせに迫力満点だな。甘くて酸っぱくて、アンチョビの塩味と旨味にアボカドのクリーム感。甘みも幾重にも重なって砂糖の単純な甘さじゃ無い。

小さいのに勢いのある感じ、はは、コニーみたいだ」 

 

「もー!! また褒めてんだかなんだか分からない発言して!」


「でも俺はこれすんげぇ大好きだよ」


 気がついたら頭を撫でられてた。

 ぎゃー! ここにも鷹のように赤詐欺2号が舞い降りた!


「両方とも美味しいけど、どちらが好みかと聞かれれば僕はシンプルなほうかなぁ。

素朴でほんのりした優しい甘み。滋味じみ深くて力強い。さっきエタンが言ってた余韻に漂いたいってやつ、同意だね。

こっちもコニーらしい、僕は大好きだよ」


 ひぃー!!

 ねぇ、わざとやってんの?

  

 友達なのに、顔が良いから彼奴きゃつらのセリフに無駄にドキドキするわ!


 シャンパンを口に含む。

 まさにシルクのようなきめ細やかな泡立ち。

 葡萄数種のブレンドによりフルーティーな香りが際立った、高級品として長年愛され続けたこの発泡ワイン。

 勝手にシャンパンを名乗ってるがそれも許す、などとお前誰目線だ発言を心でしつつ、ちょっと心拍数が上がったように感じる胸元に手をやる。


 シャツの下のネックレスに手が触れる。

おお! そうだそうだ。


「このネックレス! 数が増えて、色が変わってるんだけど。なあに? 教えて?」





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クレールをイメージしたという話の流れから、こっちに1皿目の料理をちょいと添付したかったのですが。


次回からネックレスや魔素など、異世界設定に触れていきます。


【次回予告 第47話 ネックレス】


そういえば、前回イラスト見てなかったな〜の方は下記から近況報告のイラストに飛べます。


〈サーモンのイラスト前前回見なかったお方〉

https://kakuyomu.jp/users/ayaaki/news/16817330661502118581


〈イラストも見たし、そろそろ評価☆くれてやろうのお方〉

https://kakuyomu.jp/works/16817330657176740967#reviews

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