第12話 コーヒー (エタンセル視点)

 ***エタンセル視点 


「ん。どうだった? まあ座れや」


「普通にだったよ。ああ、ありがとう」


 勝手知ったる他人の家ってなもんで俺は二人が行っちまった後、お湯を沸かしてコーヒーを入れて先に飲んでた。

 ちょい冷めたけど、一緒に入れといたクレールの分を手渡す。


「トイレや風呂の設備に特に驚いた様子もなく、むしろ全部知ってる、使い慣れてるかのようだったかな」


「マジか……。黒目黒髪だし、前回のおヌル様のほたる様と同じ日本国出身かもな。それか近隣とか」


「うん。でも、顔つきがさ。蛍様や肖像画で見た雪之丞ゆきのじょう様みたく、あっさりし過ぎてないっていうか。

目の彫りもずっと深くて綺麗な二重で、鼻筋もすらっとして、髪やまつ毛もくるんと柔らそうに巻いて、毛量も多過ぎなくてさ。しっとり真っ直ぐ重厚なお二人の髪の印象とは全く違うよね。

かと言って他のおヌルや僕らのようにガツンと、っていうかバッチリ濃い感じの顔つきとも違くて、黄色みがかってる肌の感じはやっぱり日本国の印象だよね」


 は? 饒舌じょうぜつ過ぎじゃね?

 クレール怖え!


「おまっ……。どんだけコニーの容姿について観察分析してんだよ。ガン見してるとは思ってたけど。つーか息継ぎしろや。こええんだけど」


 俺はコニーに、おヌル様に初めて会った時に怖がらせてしまったようで、どうしたもんかと内心焦っていた。

 そんなタイミングでちょうど現れたクレールを見たときの光景に思いを馳せる。


「マジか。あの直感は当たってたってわけか……」


 出逢いざま、おヌル様を食い入るように見つめるクレール。

 そんなあいつになぜか不思議な印象を受け、おや? と思いながら眺めていたのだ。


 タンポポの綿毛がどこからともなく、ふわりと飛んできて、クレールの心にそっと着地したような。


 あれは恋の始まる瞬間


 俺はあんときの。

 目撃したあの一瞬の映像の片隅に、そんな題名を走り書きした。


「ばっ、馬鹿! 怖いって僕のどこがだよ!

んで、直感っていったいなんのことだよ」


「なんでもねえよ。こっちの事だ、気にすんな。

それより虹の院には連絡を今するか?」


「いや、あとでいいだろう。

彼女の話をよく聞いて、どうしたいのか、どうしたらいいのか。僕らが彼女に寄り添って、ちゃんと理解して守れるように、まずは対策を立ててからだと思う。

そもそもこんな突発的なおヌル様の出現なんて、誰しもが思ってもみないことだから、報告が遅くてもバレない上に問題ない」


「そうだな。それにしても、建国祭の連休中ってのがなんともついてたぜ。

俺以外、泉に残ってるやつは居なくて、宿舎がもぬけのからだったからな。しかも俺ら同様、祭りにかこつけて呑んだくれて、朝っぱらからこんな森の奥にくる物好きもいないだろうよ。

まあ、いたとしても『見間違いだろ』で押し通す気満々だろ? クレール?」


「その辺は僕が上手く立ち回るからな」


「足抜けしても元王族ってか」


「まあね。

話は変わるが、コニーがどこの国の人かって話の続きだけど。

彼女多分フランス語を話せると思うよ。さっきも僕たちの名前を聞いて、『煌めいたぴったりな名前』って言ったじゃないか。

クレールは光とか明るさって意味だし、エタンセルは火花とか輝きだし。

あとこれ。

コニーと共にやってきたファイル。水濡れ確認を彼女と一緒にした時に一瞬だけ見えたんだけど、字が書かれた紙が入ってて。

それをコニーは〈ルセット〉ってフランス語の名詞で呼んでた」


「〈ルセット〉って何だ?」


「調理表のことだよ。

料理の配合と作り方のこと。それがが書かれた紙さ」


「いまチラッと中の文字確認するか?」


「いや、本人に見ていいか確認取ってからにしよう。それにこれからやる事いっぱいで時間ないし。

まずは僕たちもいい加減、寝起き姿をどうにかしないとな。

外部に連絡を取らずコニーのことを極秘にするとなると、やっぱ洗濯屋も使えない上に新品の入手もできないなあ。

彼女の風呂から上がったら着る服を僕が準備しなくちゃ。一体どうすれば……」 


「うーん、そうだな。

上は適当な新しめのもんで。丈長のシャツなら彼女の背丈ならワンピースぽくなるか。

そういやさっきの俺のやつダボっと着てんの、なかなか可愛かったな。

問題は女物の下着か……」


「そんなの持ってるわけないだろう!」


「あったらそれこそこええよ。

お、それならあれは? 昔お前の姉貴がウケ狙いで、海辺のお土産で買ってきたヤツ。

肉球柄のピンクの膝上タイツみたいなのと一分丈のイチゴ柄のやべえ二枚セット。衝撃がデカ過ぎて今でも鮮明に覚えてるぜ。

『ピッタピタで伸ばして水着の下に履く物らしいが、んなもん履けるか!』ってお前はゴミ箱にぶち込もうとしてさ。

『イタズラが過ぎるが姉上からのプレゼントを捨てる訳にも……。物に罪はない、か。くっそ! タンスの肥やしにする』って思いとどまってたじゃん。アレ結局どうした?」


「触ってないからタンスをほじくったらあるな、絶対。よくぞ思い出した、エタン!

 そうだ、救護袋に入ってるおヌル様マニュアル。蛍様にいろいろ文句と注意事項言われて、当時随分手書きで書き加えたんだよ。作り替えずに放置していて熟読してないからあんま覚えてないけど。時間あるならいま先に読んどいてくれ」


「あいよ」


 ドタバタと衣装室へとクレールは走り去った。


 コーヒーミルに一人分の豆を入れ、取っ手をゆっくり回す。

 ガリガリ……

 音と共に香りが立ちのぼっていく。


 取り留めのないことを考えながらゆうらりと独り漂う、この時間がとても好きだ。


 俺の幼馴染クレール。

 幼い頃から気が利いて優しくて美しい王子様はいつだって女にモテていたが、往々にして興味無さげにするりと受け流してた。


 そこを掻いかいくぐってときおり彼女の座に漕ぎ着けた歴代の女たちも、いつまで経ってもどこか受け身のクレールに。

 自分の熱量との違いに失望したり、それに焦れて策を講じて自爆したり、手に入らぬなら他で願望を満たす道を選んだり。

 みんな一年もかからず消えていった。


 女が去った直後は「フラれちまったよ」とガックリして一緒に酒飲んでうだついているも、気がつけば日常に戻ってるってな感じで。

 まあ俺も似たり寄ったりだが。


 コーヒーのお代わりを淹れるためにかけたヤカンの湯が沸いた。


 相棒の、もしかすっと本当の意味での初恋かもしんねえ。

 芽が出て育つか、中身を知って思ってたのと違くって枯れちまうか。

 あいつが俺になんか言ってくるまでは、高みの見物洒落込しゃれこむとしよう。


 コーヒーを飲みながら、ソファーに座りマニュアルを読んでみっかと開いた。


「ブハッ! マジか。いきなりやべえ」


 表紙の裏に

「女性のおヌル様は〈イケメン〉好きよ。(注:男前の意味)

 臭い・汚い・ダサい・ムサイ髭面なんてもってのほか!!

 バリっと決めてトキメキを持ってお迎えしてあげるべし!」


 なんと。


 二日酔い気味の寝起きの冴えねえ面で、クレールはまんま寝巻き、俺はもつれた癖毛髭面に家着。 

 オマケに彼女に貸した服は一日中着てた洗ってないやつ。

 最悪じゃん。


 湖の仕事中は面倒で髭剃らねえで、いつも放置してっからなあ。

 彼女が風呂入ってる間に変身は無理だが、入れ替わりで俺も風呂に入って急いで善処しよう。


 ともかく一走りひとっぱしり着替えてくっか。


 ******






【次回予告 第13話 脱衣所にお邪魔しまーす (クレール視点)】

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