第7話 テント (クレール視点)

******(クレール視点)


 寒くないように怖がらせないように、ゆっくりとプランシュを運転して湖畔の自宅へと帰った。

 とはいえ、ものの数分だが。


 チラリと背後を見やると、彼女はいつの間にか眠ってしまったようだ。

 いま思えば帰り道の途中で、背中の彼女から急に力が抜けたというか、身体の当たりが柔らかくなったというか、そんな気もする。


 可愛い……


 あの場に駆けつけて彼女を一目見た瞬間、本当に心臓がドキュンっと鳴った。


 目を見開いてポカンとして僕を見つめてきた女の子に、僕は時間が止まったかのように釘付けになった。


 小さな顔に小さな手足、立ち上がってもその姿は小さくて、とても愛くるしい。

 スッキリとした鼻筋に、長い睫毛に縁取られた印象的な瞳。

 実は顔の造り自体は、可愛いというより美人系列なのかもしれないが、やや垂れた眉と彼女の持つ雰囲気が加わると、なんとも人の良さそうな取っ付きやすい愛嬌のある印象に。

 つまり可愛い以外の何ものでもない。


 語彙機能が故障したかのように、「可愛い」に頭が埋め尽くされる。


 化粧っ気ゼロ、三つ編み姿で小さな躯体くたい

 成人したぐらいか? 少し幼い感じもするのだが、しっかりとした受け応えに加えて、丁寧な言葉遣いのこなれた感じからして、もしかするとパッと見の見た目より年齢が上なのかもしれない。


 ふらついた彼女のサポートにエタンより出遅れた僕は、万が一に備え後ろにまわった。

 細くすらりと伸びた首筋に、くるりと丸まった後れ毛おくれげが濡れてへばりついたうなじ。

 少し袖捲そでまくりしたシャツから覗く華奢な手首にも、色気のようなものを感じてしまって、慌てて視界から外した。


 目の下に濃いくまがあっても。

 赤やら茶色いものが何やらベタベタついた服やエプロン姿でも。

 ヌルヌルに濡れそぼって、やつれきっていても。

 なぜか可愛く見えるから、なんとも不思議だ。

 エプロンを脱いで、自分のシャツの肩のところを両手で摘んで、小首を傾げながら上目遣いで僕に話しかけてきた時の破壊力たるや。


 彼女がおヌル様だからか?

 いいや。

 理由も意味なんかなにもない。

 単純に細胞レベルで、本当に僕の好みなんだと思う。

 僕のDNAがそう言ってる。


 背中に背負った時、良い匂いどころか、恐らく被った卵白? の独特なくさい匂いにまみれていたって、幻滅どころか、「愛おしい」「早く帰って何とかしてあげたい」としか湧かなかった。


 こんな何番煎じか分からぬ、恋愛小説ような出会いが我が身に降り掛かるとは。

 友人の一目惚れ話を聴いて、「へー世の中にはそんなことがあるんだなあ」と、到底自分には理解出来ない、他人の絵空事のように思っていたものだが。


 はぁ~

 可愛い

 心がふわふわする


 プランシュ置き場からゆっくり歩いてきて、玄関のドアの前でしばし佇む。


 いますぐドアを開けて家の中に入ったら、彼女の寝顔をアイツに見せることになるのが癪だ。

 かと言って起こしては可哀想だし、風邪を引いてしまっても可哀想だ。

 いや待て、僕は背中にいる彼女の寝顔をまだ見てはいないぞ。

 ちょっと眺めてみたい……。


 でもまだ背中にくっついていて欲しい、このまま触れていたい、とも思う。


 僕の背中に頬をすりつけたり、小ちゃなあごをプスプス刺して、まるで甘えてたわむれているような妄想を掻き立てる仕草。


 可愛いにもほどがある。


 身体をあんなに密着させて「気持ちいい」とか平気で言ってくるし。

 うなじガン見の時はやり過ごせたが、あの時は不覚にも戸外でうっかりアレが反応してしまって焦った。

 彼女は背中だし、エタンは居ないし、バレずに済んだけど。


 三つ編みを結んだところについてるチョコチップクッキーの飾りと共に、彼女のほっぺたに喰い付きたい。

 変態じみた自分の発想に若干ひきつつ、こんな欲望が自分にもあったのかと、初めて知った。


 あ、ヤバい。

 思い出したらまたあらぬところが……


「マジか……」

 あ。

 アイツの口癖がうつった。


 魔道具回路の計算式を必死で思い描いたら、早く鎮まるかなぁ。




******(クレール視点・終)







【次回予告 第8話 名前の由来 (第三者視点)】



𖤣𖥧𖥣𖡡𖥧𖤣

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