第8話 名前の由来 (三人称視点)

******(三人称視点)


「ただいま」


「おう、遅かったな。風呂ならとっくにいてるぜ」


「しー。彼女寝てる。ああ先回りありがとうな」


 小声でクレールがヒソヒソと告げると、エタンは少し意外そうな顔で


「ふーんマジか。知らん人間の背で寝落ちするって案外キモが太えのか?

あーいや。そうだよな。こんな目に遭えば心身共にどえらくグッタリするよな。小さな体で泣き喚きもせず、よう頑張たって感心するぜ」

 そう言ってコニーの頭をそっと撫でようとする。


 そのエタンの手を素早くクレールが払い除けた。

「起きちまうだろ。もうあと15分ぐらいこのまま寝かしてあげたいんだけど。なんか掛けてやって」


 クレールの男所帯に、ブランケットやストールなどあるわけもなく。

 風呂場からバスタオルを持ってきたエタンは、そっと被せ、落ちないように端をクレールに握らせた。


 もしもコニー本人がはたからこれを見たら、「まるでまんま赤ちゃんおんぶやん」と言いそうな光景だ。


 二人の男は立ったまま話を続けることに。


「おヌル様だな……」


「ああ、おヌル様だ……」





 この時代には現れないと思ってたおヌル様が、今朝突如とつじょお招きされた。

 前回おヌル様が現れたのはほんの14年前。

 およそ百年ごと、というこれまでの傾向を大幅にくつがえす出来事であった。


 王家及び虹の院が管理する光の湖。

 ここは一際ひときわ魔素に満ち溢れた場所であり、魔体質の中でも放出能力の高い人物しか立ち入ることは出来ない。


 その光の湖には国民が『虹の方様にじのかたさま』と名付け呼んでいる、透明なゲル状の生物が住んでいると言われている。


 その生物を目にすることができるのは、異界の人間を呼び寄せた瞬間のみ。


 何せ百年ごとの上に、その呼び寄せ現場にかち合うとも間に合うとも限らない。

湖へ出入りしている瞬間を目撃した者に至っては皆無だ。


 伝説級の存在ゆえ「と言われている」などという曖昧な表現になっても仕方あるまい。


 普段は光の湖奥底にいるらしい。

 この湖は透明なようでいて全く透明ではない。

 一メートルぐらいの上部は確実に透明だが、下にいくにつれ、水銀のようにゆらめいて見通せないのだ。

 しかし実験の為にホースような物で下層部の水を汲み上げてみても、無色透明で、上部のものと何ら変わらない。

 とはいえ、海の水が水深が増すほどに紺碧が深く暗くなって見える事を踏まえれば、そう不可思議ではないのかもしれない。


 ラメのような物質が溶け込んでいるわけではなく、水自体がキラキラとしていて、それがたたえられた湖は、その名の通り常に光輝いている。

 そこに日中の太陽の反射が加わればひとしお。

 無論、陽光なき夜や雨の日も煌めいている。


『虹の方様』が、どういった理由でどのような方法で、地球と呼ばれる異界の地より人間を呼び寄せているのかは、いまだ何一つ解明されていない。

 ほぼ接触出来ないのだから知りようがない。

 もしもかのものと接触できたとしても、意思の疎通が可能なのか、それすら定かではない。


 そもそもなぜその生物が次元を超えた地球人の誘拐犯であると目されているのか。

 その根拠についてだが……


 異界より招かれた人間側、つまり地球人に共通して分かっている事実によるもの。


 大量のヌルついた物体を被ってしまい、呆然としてるとそれがいつの間にかゲル状の生物のようなものになって、剥がそうと格闘しているうちに、不意に光って(目が塞がれていなかったおヌル様談)、眩しすぎて思わず目をつぶって開けると、光の湖付近にいた。 

 という内容であった。


 ヌルヌルにまみれてやってくる事から、異界からこちらの世界にやってくる人物を『おヌル様』と虹の院が呼び、保護をした。

 その敬称が国民にも認知されていった。


 そしてその出現現場には、いつもくっきりとした虹が真上に立ち昇っている為、その主たる原因とされるゲル状の生物も併せて『虹の方様』と名付けられた。

 虹の院の名もこれに関連している。


 光の湖が虹色に染まるのは、おヌル様出現の予兆である、と関係者の間に通達されている。

 光の湖が虹色に染まった直後に、おヌル様とくだんの生物の出現、並びに虹の立ち上がりが起こった、という記録が複数残されている為だ。


 それが光の湖がかのものの生息地であろうとされる所以ゆえんの一つである。



******(三人称視点・終)






【次回予告 第9話 今更ながらの自己紹介】



𖤣𖥧𖥣𖡡𖥧𖤣

第三者視点はやや硬い文章でお送りしました。

次回はまた主人公視点に戻り、三人の会話となります。

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