第6話 バブみ

 コノヒトタチハ キット エラバレシ ハイパーレスキュー ニチガイナイ


 警戒心も羞恥心もあえて霧散させてやるぜ。


「お言葉に甘えてぜひ乗せて下さい。実は立ってるのもしんどい感じでして。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げて素直に頼んでみた。


「はい。喜んで!」


 どこぞの居酒屋か、って突っ込みたくなるような、気持ちの良い返事を頂戴した。

 ありがたい事です。


 彼らは私の側を離れて、乗り物へと向かった。

 お互いの脇腹を肘で小突き合いつつ、何やら話しながら。


 歩けないならお姫様抱っこで、なんて提案じゃなくて良かった。

 跪き王子スタイルを屁とも思わないあの人たちなら有り得そうだ。

 そんなんされたら、煌めきの朝森に死す。


 ぼんやり妄想していると、髭の男が乗り物に乗ってその場を去り、オレンジ髪の男が乗り物を押して戻ってきた。


 前籠に入っている鞄から、紐が幾つもついた頑丈そうな布製品を取り出した。


「こちらが救護背負子です。装着していただく前にこちらも念の為にお付けください」


 そう言って差し出された物は、透き通った円筒形の美しい水晶のみたいな物と、艶やかな透明っぽい細い紐だった。


 円筒形はちょうど単三電池ぐらい大きさだ。

 そしてよく見ると、それは透明な柔らか糸のようなネットに包まれていて、その両端からその糸を何本も使って編んだような紐状に長く伸びていてた。

 その両端には金属のパーツが付いている。

 成る程。

 透明な円筒形と透明な糸でで出来たネックレスだったのか。


「わ! 軽っ」

 手に取ると重さを全く感ず、あまりの軽さにびっくりした。


「はは、驚きました? 重さを感じさせない様にしてくれる機能の糸なのです」


 こちらもまた透明感溢れるキラキラしい素敵なご尊顔でニコニコ教えてくれた。


「お気づきかと思いますが、この森や空気、私達の髪や瞳も煌めいて見えるかと。それはこの世界に自然に溢れる魔素という物のせいです。ただし過剰に人体に蓄積するのはよろしくない物でして、それを軽減させるのがそのネックレスです」


 なんか放射能的な!? 急いで着けたくなった。

金具がよく分からないので着けてもらう。


「ふふ、良くお似合いです。詳しくは後ほどさらにご説明致しますのでご安心ください。お話はこの辺で。さあ、こちらとこちらに脚をお通しください」


「あ、少しだけ待ってください。あまりにエプロンがぐちゃぐちゃのヌルヌルなので脱ぎます。

お借りした洋服を乗り物にちょっと掛けても良いですか?」


 おお、脱いだエプロンはこうして手で持つと、べちょっと滑ってキモいし重い。


「お預かりしますね」


 脱いだエプロンを籠にしまってくれるらしい。

 こんな気持ちの悪い手触りの物を掴ませてしまって、かたじけない。

 でもこれを背中に密着させたら悪いかな、と思ってそもそも脱いだんだけどね。


「あのぅ……。私寒すぎて、先程あの方にお借りした服って、ずうずうずしくもこの上から着ちゃって良いと思います?」


 エプロンから露出していた部分が、ずぶヌル濡れのリネンシャツ。

 自分の肩の辺りを摘み上げた。


「うっ! えっと、その。アイツの1日着てた男臭いシャツではなく、私の寝巻きをば」


 少し頬を染め……色が白いから赤くなると目立つなこの人……。

 パジャマのボタンに手をかけて、脱ごうとし始めた男の胸元のボタンが外れ、チラっと見えた中は……


 裸やん!

 それで脱いで貸してくれようとするなんて、どびっくりだよ!


「いやいやいやいや! もうお借りして汚してしまったんですから、ちょっともいっぱいも変わらないかな〜ってことで」


 ひったくるように、ちょい置きした服を手に取り、ズボッと慌てて着た。


「あ、あは、ワンピースみたいですね」

 おどけるように萌え袖をぷらぷらさせて気まずさを誤魔化してみた。


 ちーん


 とした間が一瞬あったものの、

 何事も無かったかのように彼は救護背負子を手にして、


「はい、こちらに脚を通して」

「ええそうです。ここでこう留め具を」

「きつくありませんか?」

「では私の背に……こちらへお願いします」


 テキパキと装着してくれて、そして白い歯をニッカっと見せて、背を向けてしゃがんでくれた。


 完全にこれ赤ちゃんの安定型おんぶ紐ですね……。


 前から後ろから暖かい~


 赤ちゃんがおんぶ紐でご機嫌なの、良くわかったよ~

 めっちゃ癒される~


 首が座らない赤ちゃんでも大丈夫な、もとい意識のない患者の首を守るために、頭の後ろから幌みたいなのを被せて固定する、かなり密着するタイプ。

 この世界に来て初めて安心に包まれたような気持ちがして、知らない男性ではあるが、その大きな温かな背中に、冷たい頬をピタリと寄せた。


 ふむ。

 確かにこのかたのパジャマはほのかに柑橘系のようないい匂いがする。

 チュニックの方は……男のワイルドなかほりが……ゲフンゲフン。

 水溶化卵白の独特な匂いで、圧倒的に臭さでの優勝は私です、はい。


 彼も前側の金具の装着及び点検が終わったのか、「それでは参りましょう」の掛け声と共に立ち上がり、乗り物に手を掛ける。


 ふおお。

 背が高いから視界も高いな。

 なんか遠くまで見通せる感じ、新鮮。

 まさに赤ちゃん高い高いでご機嫌です。


「あの、すみません。顔を左右に振ると背中にあごが当たってくすぐったいです」


 キョロキョロしてたら申し訳なさそうにお声がかかる。


 耳が赤くなってる……

 そんなにくすぐったかった?

 そりゃ申し訳ない。


「ごめんなさい。何だか背中の体温が温かくて、包み込まれてるようで気持ちいいなあと思って……。

視界も高くて、ちょっと楽しくなってはしゃいでしまいました」


 ますます耳の裏まで赤くなったぞ。

 なんかすまぬ……。


 大の男をこうも照れさせてしまった、私までもが所在なくなって、顎が当たらないようにそうっと反対を向いてみた。


 すると草むらに何やら赤い物がチラリと目に入った。


「待って! 行く前にあっち!」

赤ちゃんの手脚のように、興奮状態でぴこぴこと振り動かす。


「いかがされましたか?」


「多分あっちの草むらの中に、私の大事な

ルセットレシピ〉があると思う!」


「〈ルセット〉……?」


「すみません! とにかくあっちへお願いします!」


「はい! ただいま!」


 あった!

 あったよおおお!!

 大事な大事な私の知的財産。


「これでお間違い無いですか?」


 肩越しに赤いファイルをパラパラと開いて見せてくれたもの。

 間違いない。

 

 しかも濡れたり破損もせず無傷だった。


「ありがとうございます。本当に本当に良かった……」


「他にも見落としがないか、後ほどこちらで隈なく捜査しておきますのでご安心下さい。さあ、発進いします」


 エンジンを掛けたのか、背中越しに少しの揺れを感じたように思う。

 背中に掛からないように、横に流した煌めいた長い髪。

 ああ、この方の髪の色はオレンジ色というより、あんずの色みたいだ。

 しかもシロップ漬けにしてキラキラ輝いてるの……綺麗……


 もう意識が沈み込んでいく……






【次回予告 第7話 テント (クレール視点)】

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