夕食前の、幸せ時間

CHOPI

夕食前の、幸せ時間

「お母さん、いつもありがとう」

 そういって私の目の前に置かれるカーネーション。……驚いた、まさかこの子がこんなことしてくれるなんて。子どもの成長は早いって言うけれど、こういう時にこそ、その言葉の意味を痛いほど感じる。


「ありがとう」

 そう返すと、息子が少し笑ったような気がした。そうして、いつものように今日あったことを話し始める。何気ない日常、何気ない話。だけどそれらを語る息子の表情はすごく柔らかくて、『あぁ、今日もなんだかんだ楽しかったんだな』って。一生懸命に話してくれるその姿は、大きくなっても何一つ変わらない。私の中ではやっぱりずっと息子は息子なんだな、なんて、一瞬、幼い頃の息子の姿を垣間見る。


 そのせい、なのかな。ふと、まだ息子が小さかった頃、保育園のお絵描きの時間に描いてくれた母の日の似顔絵を思い出した。つたない字で『おかあさんありがとう』と添えられているその似顔絵は、ずっと大切な宝物だ。今でもそれは居間の壁に飾ってあって、その横には、後日描かれた旦那の似顔絵もある。『えー!お母さん羨ましい!お父さんも!お父さんも描いて!』なんて、子ども以上に駄々こねてるんじゃないの?ってくらい駄々こねたお父さんを見て、息子は少しだけつれない素振りで『……こんどね』と言っていたっけ。


 だけどその数日後、保育園へ迎えに行った時。クルクルと巻かれた紙を息子が手に持っていて、家について広げて見せてくれたのは、お父さんの似顔絵で。その日はお父さんが泣いて喜んで、私と息子は『仕方ないなぁ』なんて困り顔で、それでも笑っていたんだっけ。そんな私たちを見て、『あぁ、本当に二人はそっくりだ』なんて、またお父さん、泣き始めるから。たしかあの日はいつも賑やかな食卓が、さらに騒がしかったように思う。


「ただいまー」

「お、親父。おつかれ」

 ……いつの頃からか、息子はお父さんのことを『親父』って呼ぶようになったっけ。でも、私と二人きりの時は今でも『お父さん』呼びなのが少し可愛らしい。きっと気が付いたら言わなくなっちゃうんだろうな、なんて少し寂しくも思うけど、でもそういう端々にも成長を感じられる。あぁ、本当に大きくなったんだね、なんて。ついつい感傷に浸ってしまう。


 旦那が私の目の前にある花を見て少し固まる。

「ん?カーネーション?」

「そうだよ。今週末、母の日じゃん。ちょっとフライングだけど、今日でも良いかなって」

「うわ、今週末母の日か!忘れてた!」

 『俺も明日、カーネーション買いに行って、ばあちゃんところに供えに行くかー』なんて旦那はのんびり言う。


「お義母さん、きっと喜ぶと思うよ」

 私がそう言うと、旦那は息子に『俺もその、カーネーションのアイデア真似していいか?』と聞いている。

「別に。っていうか、こんなん真似でもなんでもないでしょうに……」

 そういって息子は苦笑いした後、『飯、できてるよ』と旦那に言う。

「おぉ、ありがとうな。いつも助かるよ」

「俺もまだ食ってないから、今から準備するわ」

「そしたら父さんも手伝うから、少しだけ待ってくれ」


 そう言って、私の前に来て、静かに手を合わす。

「今日も一日、無事に過ごせたよ」

「……お疲れさまでした」

 私の声は、二人には届かないけど。ちょうどタイミングを図ったように窓から吹き込んだ風が、優しく目の前の白いカーネーションを揺らしてくれた。

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