第2話

「ええと、じゃあ百歩譲ってあなたは私の妄想じゃないとしますが」

「妄想じゃないからな」


 あの後、この太い声の主は猫から男の姿へと戻ると、先程のようにソファーへとふんぞり返って座った。私は変わらず床である。近付きすぎると怖いので。


「あなたは魔法使いで、私の使い魔?になってしまった?という事で良いんですか?」

「やけに疑問符が多い気がするが……まぁいい。そういう契約をしたということだ」

「解約お願いします」

「無理だ」

「そんな契約した覚えも記憶もありません!」

「あの店を見つけた段階で契約の第一段階になってる。そのまま店に入れば、こんな余計な手間かけずにきっちり契約完了したというのに……」


 あの店入らなくてよかった、とは言わずにおく。男はフンッ、と眉根を寄せている。


「そもそも君があの店を見つけられた事が不可思議なんだ。聞けば、君は何か欲しいものがあるわけじゃないんだろう」

「はぁ、今のところは特に……」

「僕の店は、来た客の望みを叶え、その対価に客の人生の一欠片を貰って成り立っている。だから、人生の一欠片を渡せるくらい強い望みを持っていなければあの店を見つけることは出来ないんだ。だというのに、なんなんだ君は…………」


 それはこっちのセリフすぎる。なんなんだあなたは。

 だが男は頭を抱えたまま、はぁ、と息を吐き、やがて天井を仰いだ。スタイルも顔もいいからか、ひとつの仕草だけでやけに絵になるのが悔しい。


「ええと、さっきも言いましたけど、なんでこれ解約できないんですか?」


 男が、指の隙間からこちらを覗く。


「僕は客の望みを叶えないといけないんだ。そういう呪いにかかってる。だから、今も君の望みを叶えようとしなかった罰として、君のせい使い魔にさせられたんだ」

「へぇ…………?」


 魔法使いにも色々あるんだな。深い事情を察して、頷いてから立ち上がった。


「分かりました。なら、責任は半分私にもあるということにしましょう」

「半分も何も君のせいだろう」

「そんなわけあるかい。あの状況なら誰だって逃げるわ」


 台所でお湯を沸かす。気になったのか、男が台所を覗いてきた。


「紅茶でいいですか?ティーパックですけど」

「てぃー……?」

「安物の紅茶ってことです」

「別に必要ないが」

「まぁ、そう言わずに。こんな凄いことが起きて、すぐには寝れなそうだし。こういう時は美味しい紅茶を飲むのが良いんですよ」


 すぐに沸いたお湯を、マグカップに注いでいく。男はついに台所へと入り、私の後ろからその光景を覗いてきた。どうやら物珍しいらしい。


「魔法使いさんは甘いのとストレート、どっちが好きですか?」

「魔法使いさんじゃない。甘いのだ」

「だって名前知りませんもん。はい、わかりました」


 マグカップにミルクと砂糖を足して、くるくる掻き混ぜる。後ろに立つ魔法使いから「色が変わったな」と、不思議なことで感嘆してる声が聞こえた。


「ほら、できました。向こうで飲みましょう」


 マグカップをふたつ持ち、先程のソファーへと戻る。「熱いですよ」と伝えて渡すが、魔法使いはなんてことないように容易くマグカップを持ち、ちろりと飲んだ。


「甘すぎました?」


 魔法使いは、マグカップから目をそらさないまま「いや」と首を振る。お気に召してくれた、という事で良いのだろうか。


「それで、あなたのお名前は?」

「なまえ?」

「うん。ずっと魔法使いさんじゃ味気ないでしょ」


 魔法使いが、視線をこちらへと持ち上げる。青と白が混ざった瞳。空の色みたいだった。


「リィルだ」

「りいる?」

「リィル。僕の名前はリィルだ。好きに呼ぶといい」


 リィル。ころんと、口の中で転がる飴のように、その名前を咀嚼しながら、私もまた、リィルと向き合った。


「私は安原空。安いに原っぱに空で、安原空。私の願い、早めに見つけますから」


 リィルは「そうしてくれ」といって、再びミルクティーをちびちび飲んでいた。

 私の妄想である説は、まだ拭えない。けれど、目の前のこの男の人が、ただの妄想だとも、どうにも思えないでいた。


 これが私とリィルの嵐の日の出会い。

 緩やかに変わっていく日々の中の、雷のような出会い方だった。

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拾った猫が使い魔になって私を幸せにすると言ってきます 墨あゆむ @ayumu_863

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