パン屋の神様。自称です。
西奈 りゆ
第1話
「てんか」という言葉をしっているか。
いや、「添加」じゃない。それはあれだ、色つけたり、腐らないようにするやつだ。
オレは「天下」にいる。てっぺんだ。
だから、下のやつらのことがよく見えるんだ。
人間のことも、オレたち、パンのことも。
オレは人間じゃない。オレはクリームパンだ。
しかも、ただのクリームパンじゃない。
なんてったって、LEDライト
うちのパン屋のオーナーが、なんというか、変わってるんだよ。
「どこにもないパン屋にする!」
という宣言までは、いいとして。
新商品? 看板メニューの開発? ぶっとびパフォーマンス?
ぜんぜんちがう。・・・・・・いや、どれもまあ、かすりはしてるか。
さっき、オレは上を見ろって言ったよな。で、あんたは今、見てくれた。
あんた今、なにこれ、って思っただろ。じつは正直、オレも言いたい。
うちの店内には、五つ照明ライトがある。どれも、パン達を引き立たせるよう、計算された角度で光を当てている。そういうところは、あのオーナーは気が利いている。
問題は、その照明ライトうちの一つ、特に大きいやつ・・・・・・つまりオレなんだが、どうしてこうなったんだろうな。
今あんたが見ている通り、照明ライトのオレは、特大クリームパンのかたちなんだよ。
天井から「天下」を見下ろす、キラキラ光るクリームパン。シュールだ。
それでいてうちの看板商品は、先月から自家製牛カレーパンなんだから、シュールも通りこして、笑えるだろ?
ああ、そもそもなんで「クリームパン」なのかって?
悪いが、それはオーナーに訊いてくれ。オレからはあいつが「変わっている」としか、言えない。というか、言いようがない。
たまーに午後の微妙な時間にやってきて、店員相手に「ゲキレイ」をするくらいしか、あいつについては知らん。ああ、そういえば顔が売れ残ったときのピロシキに似てるな。
まあ、オレのことはどうでもいい。あのオーナーのことは、もっとどうでもいい。
今、オレはあることでちょいと・・・・・・
ウズウズするというか、ムズムズするというか・・・・・・
「あああ、もうっ!!」って感じで、できれば今すぐ動きたい状況だ。
なにかっていうと、今は午後六時半だ。閉店三十分前ってことだな。
ということで、入口ヨコの二段目を見てくれ。
見ての通り、「自家製クリームパン」「バニラクリームパン」、その他、オレたちは完売している。当然だ。
問題は、その左斜め下の、一段目のやつだ。
「ジャムパン」
まわりがやたらと「自家製」だの「特製」だの、メロンだの北海道だの、売り文句をつけたプレートを掲げているのに、開店当初からある地味なそいつは、いつのまにか隅に追いやられてしまった。
しかも、明日からは焼かれないことになっているというのを、オレは昼に知った。
それでも、今日、残った「ジャムパン」は、六個焼かれたうち、あと一つ。
ただ、そのひとつが、四時過ぎの客を最後に、売れない。
あああああ・・・・・・
あれだ、これは「やきもきする」ってやつか!?
他のやつはまだいい。総菜系のやつ《パン》らは厳しいが、メロンパンだのフランスパンだのは、「昨日の売れ残り、お得です」で、まだ
ただなあ、あいつ《ジャムパン》は最後の日だぜ。
そのフィナーレが、「昨日の売れ残り」扱いってのもなあ・・・・・・。
開店したときからいるオレとしては、なんともいえない気分が、ふくらんできるわけよ。
ちっ、もう四十五分に近いじゃねえかよ。「ホタルノヒカリ」まで流れ出したぞ。
総菜パンにとっては終末の音楽だが、今日も幸い、あいつらはほとんど残っていない。店員はだんだんと片付け準備に入っている。
おいおい、勘弁してくれよ・・・。
あいつ、オレの同期なんだよ・・・。
くそ、人間に化けておまえを買いに行きてえ!と、これほど思ったことはねえ。
たまに地味だとかいうやつがいるが、そういうやつにはしんぷる・いず・べすとっていう魔法の言葉を、オレが直々に聞かせてやる。
・・・・・・すまん、つい’熱くなっちまった。漏電するとヤバい。
カランカラン・・・・・・
そのときだ。
天のさらにうえの天への願いが通じたのか、客だ!
くたびれた背広姿の、中年のおっさん、というより、じいさんに近い。
パン屋に入り慣れてないのか、トングとトレーをうろうろ取って、きょろきょろしている。
「ブリティッシュ」だの、「プレッツェル」だのの前で、いちいち説明文を読んでいるようだ。どうも、それが何なのか想像がつかないらしい。
・・・・・・しめしめだ。
あのくらいの年代って、「セダイ」って言って「ジャムパン」買っていくの、見たことあるぞ?
おい、あんた。オレは「天下」のクリームパン、LEDライト搭載だって言ったよな?
だからよ、こんなこともできるんだぜ? まあ見てな。
・・・・・・わかるか? ああそうだ、あいつを優先して照らしてるんだ。
ツヤツヤに見えるだろ? 輝いて見えるだろ?
いいか「ジャムパン」、これがお前に、オレからの華麗なる
ここで大逆転、感動のフィナーレ! ・・・・・・って、お?
おい、じ・・・じゃなくて、おっさん!?
この期におよんで、ピロシキとサンドイッチのチョイスか!?
濃くねえか!?
つーか、さっきこの棚の前、通ったよな!?
「セダイ」じゃねーのか!? ピカピカはいやか!?
オレの嘆きだか叫びだかは、当然聞こえない。
おっさんは、着々とレジに向かっている。店員も、袋を準備している。
終わった・・・・・・・。
「お父さん!」
「ああ、フユコ。どうした」
気がつかなかったが、いつのまにかもうひとりおばさんがいた。
「もう、六時半には帰るって言ってたじゃないの」
「おお、すまんすまん。ちょっと腹が減ってな」
「そんなこと言って、夕飯入らなくなったら意味ないでしょう。作るこっちの身にもなってよ。あら?」
おばさんが目にしたのは、ツヤツヤに光る「ジャムパン」。
「懐かしいわね。私、最近の長ったらしい名前のパンはわからないけど、まだこういうのもあるのね・・・・・・」
お? お? お?
「もう、いいわよ。私もこれ、買っちゃうから」
おおおおおおっ!!!
やってやった、奇跡じゃねーか、どんでん返しだ、
なあ、オレ、パン屋の神様、自称していいか? いいよな、今日くらい!
だって「天」にいるんだからな!
くそう、嬉しすぎてこっちまでなんだかピカピカしちまうぜ・・・
レジ袋に包まれたそいつを、入り口を出ても見送ってしまう。
あばよ、
ああ、今日はマジで疲れた。なんか、チカチカしちまいそうだぜ・・・・・。
そろそろオレも、お
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「長い間、お疲れ様だったなあ、こいつも・・・」
業者の作業を見守りながら、パン屋の店長がつぶやく。その手には、LEDライト搭載のクリームパン。閉店作業をしていた店員が言う。
「最近それ、なんか光も弱くなってきてましたよね・・・・・・さっきはチカチカ点滅までして。お客さんが帰ったあとだったからよかったですよ」
「確かに、危なかったですよね。ちょっとヒヤヒヤしてましたよ。いくらもつといっても、時間には勝てませんね。本部から二代目が来るんですよね?」
「ああ。なんだか名残惜しいがね」
店長は彼を受け取り、その表面をそっとなでた。
了
パン屋の神様。自称です。 西奈 りゆ @mizukase_riyu
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