最低な私

 それからは涼に隠し事を抱えたまま、一緒に過ごす。一学期も終わり、高校最後の夏休みを迎えた。夏休み中、大学のオープンキャンパスに参加する。

 (行けないのにな……)

 なんて思いながら見る大学は虚しい。職場見学は親戚のカフェでバイトから正社員として働くことに決めていたので行かずに済んだ。

 オープンキャンパスの見学レポートを提出しに、学校へと訪れた真夏の暑い日。先生に呼ばれた涼より先に、私は晴真と校門で待っていた。二人きりになったタイミングで確認したいことがあり、晴真に詰め寄る。

 「ねぇ、受験に合格したら、本当に涼に告白するんだよね?」

 そう聞くと、晴真は真剣な目で「もちろん」と答えた。

 「本当は付き合ってないって聞いて、呆れてたんだよ。でも、涼が晴真を信じるって言ってたから我慢してたけど」

 「ごめん……」

 「別に謝ってほしいわけじゃ……っ!」

 晴真と話していると、校舎の方から走って出てきた野球部の一人にぶつかってしまう。

 (危ない……)

 晴真が倒れそうになる私を支えてくれた。

 (はぁ~、顔が当たるかと思った……)

 安心して態勢を直し、振り返ってみると、そこには悲しそうな表情で立ち尽くす涼が居た。

 「涼!」

 私も晴真も名前を呼ぶ。すると、涼は走り去っていく。

 (どうしよう……誤解されたかもしれない……)

 慌てて追いかけようと、足を踏み出す。でも、身体が言う事を聞かない。突然、息が苦しくなって、過呼吸を起こしてしまった。「私はいいから涼の所に行って」と言おうとしても、言葉が出てこない。私は晴真の肩を借りて、保健室まで歩く。晴真は急いで涼を追いかけに行き、私は呼吸を落ち着かせる。しばらく経つと、晴真が保健室に戻ってきた。「どうだった?話せた?」と聞くと、晴真は「もういなかった……」と悲しそうに言う。その日、私はそのままバイト先に向かい、晴真は一人で帰っていった。

 それからというもの、涼からの連絡が途絶えた。何度メッセージを入れても既読すらつかない。電話をかけても出ない。晴真も同じようで、電話越しでも「どうしよう」と焦っていた。三人で行くはずの夏祭りにも涼は来ない。夏休みが明けるまでは涼に会う事すらできなかった……。毎日、悩んで眠れなくて……。全て投げ出してしまいたくなる。それでも、二学期になれば大丈夫と自分に言い聞かせた。

 夏休みが明けて、二学期が始まる。朝の待ち合わせ場所にも涼はこない。仕方なく、晴真と登校するものの、ずっと無言のままだった。学校に行くと、晴真と別れ、自分の教室に入る。休み時間までが長く感じて、授業にも集中できなかった。ようやく休み時間になるも、教室から出てきたのは晴真だけ。話を聞いてみると、涼は話したくないの一点張りだという。涙は出てこない。心に穴が開いたような感じだった。

 「落ち着くまで話しかけないでほしい……、その時が来たら私から話しかけるから」

 涼から送られてきた久しぶりのメッセージは、何一つ嬉しくないものだった。ただ、絶望の淵に落とされたような感覚。何を食べても美味しくない、何のテレビを見てもつまらない、学校さえも楽しくない日々。心の支えであった好きな人が離れてしまっただけで、こんなにも人生がつまらなくなるんだと身に染みて感じる。唯一の拠り所は、同じ気持ちでいる晴真だけだった。

 (もう……無理なのかな。戻れないのかな……)

 そんなある日の事だった。久しぶりに涼からスマホにメッセージが届く。

 「遅くなってごめん。今日の放課後、三人で話そう」

 ようやく話せる日が来た。嬉しさのあまり、つい涙が出そうにる。放課後になると、涼が来るまで教室で待っていた。

 「やっと、やっと涼と話せる……」

 結局我慢できず、晴真の前で泣いてしまった。そんな私を晴真は包み込むように背中をさすってくれる。

 「ダメだよ。さすってくれなくても大丈夫だから……また涼に誤解される」

 「でも、泣いてるところ他の奴らに見られるだろ」

 「本当に平気」

 それでも、晴真は背中をさすってくれた。まさか、その姿を見られているとは思わなかった……。教室の扉が勢いよく開き、涼が入ってくる。傍に駆け寄ろうとする前に、涼は荷物を持って教室を飛び出していってしまう。一瞬の出来事で数十秒間、何が起こったのか理解するため立ち尽くしてしまった。少し経って、「涼……!」と晴真が教室を飛び出していく。走り出したくても、私は足が動かなかった……。ここは私の出番じゃないと思ったから。

 (……どうしてっ!私は涼を好きなだけなのに!)

 教室で私はひとり、泣き崩れる。誰に見られようが、どうでもいい。辛い、悲しい、虚しい……。それからは二度と涼と話すことはなくなってしまった。そのまま私達は卒業して、晴真は大学に、私はカフェで働き始める。

 

 高校卒業してから、晴真とは会い続けた。お互いの傷を慰め合うみたいに。その過程で、身体の関係を持った。どうでもよかった……。涼が居ないなら、生きている意味なんてないから。ただ、空いた心の穴を埋めるものが欲しかっただけ。それなのに……、晴真を好きになるなんて思いもしなかった。高校の時は涼よりも晴真の事を知らなかった。段々と知っていくうちに、優しさに惹かれていく。

 私は最低だ……。

 好きな人の好きな人を好きになるなんて。

 馬鹿みたいにな話だと思う。

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