幸せの中に潜む悪魔

 それからはいつも通りの何もない平和な三学期を過ごし、春休みを迎えた。涼から晴真と同じ大学に行くと聞いてから、私はずっと考えていた。二人が行こうとしている大学は私がどんなに頑張ってもギリギリ受かるかわからない位のレベル。でも、私は二人と同じ大学に行きたかった。だから、春休みの勉強会で宣言する。涼も晴真も喜んでくれて、より一層頑張ろうと思えた。大学へ行くためにバイトをしながら勉強する日々は少し辛いけど、楽しみなキャンパスライフの為になら頑張れた。

 春休みが明けると高校三年生になる。最悪なことに私は、涼と晴真とクラスが別れてしまった。落ち込む私に涼が励ましてくれる。でも、晴真はどこか嬉しそうに見えて、余計に不貞腐れてしまう。

 「じゃあ、休み時間は廊下に出て話せば寂しくないよ」

 涼の提案でどうにか我慢して、過ごすことにした。それからの学校生活は思ったよりも楽しめた。同じクラスにも仲の良い子ができて、休み時間にも涼に会えるし、意外と問題ない。辛いこととすれば、バイトをしながら勉強に取り組まなきゃいけないことだった。

 一学期も後半になり、球技大会の一週間前。学校から帰宅すると、母に話があると言われた。

 「薫は大学に行きたいんだよね?」

 「うん、そのためにバイトしてたし」

 すると、母は静かに泣き始めた。

 「どうしたの?お母さん……」と心配する私に、母は重たい口を開く。

 「ごめんね……大学には行かせてあげられないの」

 「なんで?私、奨学金借りて通うから大丈夫だよ。バイトで入学金も貯まってきたし……」

 母は私の手を優しく握る。

 「私が……その貯金、使ってしまったの……」

 驚きのあまり何も言えなかった……。信じられなかった。

 (お母さんが……使った?)

 思い返せば、「少しお金が必要だから、通帳と暗証番号を教えて?」と母に言われたことがある気がする。その時は、お金と言っても少しだろうと気にも留めていなかった。自分の母親となれば、なおさら疑うこともなかった……。

 「何で……使ったの?」

 そう聞くと、「占い……」と母は目を伏せる。

 「占い……!?なんで、そんなものに使ったの?」

 母は泣きながら「友達に紹介された占い師に……、薫が病気になってしまうかもしれないって言われて」と答えた。

 「それで、お母さん怖くなって。その占い師が親身になって話を聞いてくれたの……」

 分かりやすいほどに悪質な手口の詐欺。昔から人に言われたことを信じやすい母は最高のカモなのだろう。なんて言葉をかければいいのか、慰めの言葉がひとつも思いつかない。

 「話を聞いているうちに、守ってくれるってパワーストーンのブレスレットを買った方がいいって……」

 「……それに全部使ったの?」

 「そう……。それと借金もしちゃって」

 私は母の手を離して、自分の部屋に戻った。頬を涙が伝い落ちていく。机の上に並べられた沢山のノートを見て、余計に涙が溢れてくる。結局、お金を貯めるためにバイトしても、涼達と同じ大学に通うために勉強しても……。何の意味もなかった……。私は絶望するしかなかった。球技大会までの一週間、涼にはバレないように平然と過ごした。まだ、方法があるかもしれないと調べてみたり、バイトの日数も増やしてみたり。それでも、「大学には行けない」という答えにしか辿り着かなかった。

 球技大会の前日。涼には言えない代わりに晴真に全て電話で伝えた。大学に行けないという事も、母がお金を使ってしまったということも。

 「涼には黙っていてね。お願いだから」

 「……でも、いつかバレることだろ」

 「涼と晴真の受験が終わったら、言うよ」

 電話越しでも晴真が心配そうにしている姿が浮かぶ。電話を切ってから、私は全く眠ることができず、深夜の三時頃にやっと眠ることができた。

 次の日の球技大会の朝。涼達に何度も「大丈夫?」と心配された。眠れなかったからか、体調があまりよくなかった。でも、二人には心配かけられなくて「大丈夫」と下手な作り笑いをした。隠していても、きっと二人は気づいているはず。だから、「大丈夫」と言うしかなかった。球技大会が始まり、涼と私の試合が始まる。試合前の練習時間中、身体に上手く力が入らず、足元がおぼつかなかった。それでも、大丈夫だと自分に言い聞かせて、練習を続ける。そんな時、身体全身の力が抜けて倒れてしまった。薄れそうになる意識の中、晴真が私を持ち上げて、保健室まで運んでくれた。保健室に入ると、ベッドの上で横になる。保健室を出ようとする晴真の体育着の裾を掴む。自分の口から出て来てのは今までにないくらい細い声だった。

 「ねぇ、昨日の事、涼には言わないで……」

 何となく、晴真が涼に伝えそうな気がして心配になった。案の定、言おうとしていたみたいで、私は言わないでほしいとお願いする。

 「お願い……」

 そう声に出す度に、心臓が締め付けられて苦しくなる。涙も溢れてきて、止まらない。私が落ち着くまで晴真は傍に居てくれた。晴真が保険の先生を連れて来てくれて、私は少しの間、ベッドの上で横になる。しばらくすると、保健室の扉が開き、涼が入ってきた。心配そうする涼に対して、気持ちが思うようにコントロールできず、冷たい態度をとってしまう。笑って話そうとすると、辛くて涙が出そうになる。我慢すればするほど、冷たい態度になってしまった。涼は保健室の中を見回す。(こんな時にも晴真なんだ……)と涼に苛立ってしまう。

 「……晴真なら、涼を探しにさっき出て行ったよ」

 冷たい言葉を吐く私に、涼は少し驚いていた。涼は晴真を探しに保健室を出て行き、しばらくして、私は保健室を出た。その姿を二人に見られてしまい、また心配される。二人に気を遣われながら過ごす一日は苦痛だった。弱っている自分が情けなくて仕方がなかった。球技大会も終わり、いつも通り三人で下校する。私は二日間の休みで心を落ち着かせた。そして、休み明けに涼に謝った。涼は「しょうがないよ」と微笑んでいた。涼は相変わらず優しかった……。

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