苦しいほど大好き

 二日間の休みを挟むと、次は待ちに待った修学旅行だ。私達の三人と晴馬が連れてきた高遠君と平海君の五人でグループが決まる。悩みながらも、修学旅行当日までには三日目の自由行動の観光地を決めることができた。そして、いよいよ修学旅行当日の朝。前日の夜に全く寝れなかった私は涼と電話を繋げたまま、いつの間にか眠っていた。空港までのバスの中では眠気に勝てず、爆睡してしまう。涼に優しく起こされて、目を覚ました時には空港に着いていた。飛行機に乗るのは初めてで、楽しみだけど怖さもあった。でも、飛んでしまえば、意外と怖くない。飛行機の窓に映る雲を眺めていると、あっという間に時間は過ぎていく。飛行機の中では寝ることもなく、沖縄へと着いた。私達の住んでいるところよりも暖かくて、夏が好きな私にとっては最高の場所だった。天気も良く青空が広がり、まるで歓迎されているかのような気になる。バスでホテルに向かい、荷物を部屋へ運ぶ。またバスに乗り込んで、一日目の観光地である平和祈念公園のひめゆり平和祈念資料館を見学する。大事な平和学習が終わると、ホテルへ戻り、早めの夕食を食べて、各自の部屋へと戻った。その日の夜は涼を晴真達の部屋に行こうと誘ってみたけど、注意されてしまった。そういうところが涼らしいなと思う。他愛もない話をしながら夜を過ごし、次の日の朝はよく目が覚めた。先に朝食を済ませて、身支度を整える。そして、クラスの集合場所へと向かった。

 「晴真達、遅いね」

 「そうだね~」

 涼と話しながら晴真達を待っていると、遠くから男子三人組の姿が見える。全く慌てる様子もない晴真達。今日は珍しく髪を下ろした晴真の姿に、涼は見惚れているようだった。「似合ってるね」なんて褒める涼とは反対に、私は意地悪いような言葉を吐いてしまう。

 (最近……自分が嫌になるな……)

 そう思っても上手く気持ちがコントロールできなかった。今日は私の楽しみにしていた美ら海水族館へ行く日。首里城ももちろん、素晴らしいなとは思うけど、水族館の方が何倍も楽しい。水族館内ではグループで自由行動ができる。小さい魚も面白い顔の魚も全部可愛くて、見惚れてしまう。でも、一番、目を奪われたのは大きな水槽の中を泳ぐジンベイザメ。

 (水槽の中と広い海……どっちが幸せなのかな……)

 そう思った私は涼に質問する。

 「ねぇ、海で生きていくのと水族館で生きていくのはどっちが幸せなんだろうね」

 私の質問を馬鹿にせず、真剣に答えてくれる涼。そのうえ、ちゃんとした自分の意見を持っていた。

 「ただ、生きてさえいればさ。それだけで、きっと幸せだと私は思うな」

 涼の言葉は私の胸にも深く刺さる。

 (生きているだけで……幸せか……)

 私にとって水槽は、餌に困らない代わりに他の事を我慢しているように見える。広い海で優雅に泳ぐこと、仲間と共に生活すること。今の私のような気がしてしまう。涼の傍に居ることはできても……気持ちを伝えることができない私みたいに。でも、涼の言葉を聞いて思った。広い海で泳ぐことができても……何も我慢することなく涼に気持ちを伝えることができても、その先の未来に幸せが待っているとは限らない。私には気持ちを伝えた後、涼が隣に居てくれる未来が見えなかった。だから、このままが一番の幸せなのかもしれないと思う。ボーっと水槽を眺めていると、誰かに腕を掴まれる。振り返ると、腕を掴んでいたのは涼だった。「先に行きすぎだよ」と涼は頬を膨らませる。後ろを見ると、晴真達が遠くの方にいた。私は謝り、晴真達と合流して、全員でお土産を買いに行った。美ら海水族館を楽しんだ後はホテルに戻るだけ。前日と同じように夕食を済ませ、部屋に戻る。涼の後にお風呂に入って、髪を乾かさないままベッドに寝転んだ。スマホで撮った写真を私が見ていると、涼が「ねぇ……」と声をかけてくる。涼は美ら海水族館で私が変だったと心配そうに言った。「大丈夫だよ」としか答えることができない。笑顔で答える私に、涼はそれ以上のことは何も聞いてこなかった。ただ、その後の質問の方が辛かった。

 「薫は、好きな人いないの?」

 スマホを触っていた手を止める。突然の質問で思わず動揺してしまった。「涼こそ、どうなの?」と質問を質問で返す。すると、涼は「いないよ」と言った。それから、二人とも何事もなかったみたいに話し始め、しばらくして寝る。三日目の自由行動ではどの観光場所も楽しい。でも、涼達が美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジの観覧車に乗っている間は最悪の気分だった。高いところが苦手で、観覧車は嫌い。だから、同じグループの高遠君と二人で待っていた。

 「ねぇ、櫻井さんって夏山さんの親友なんだよね?」

 「そうだけど」

 高遠君とちゃんと話すのは初めてで、どんな人なのかはよく知らない。知っていることとすれば、クラスの中でも明るい性格で人に好かれるタイプだという事だけ。

 「じゃあ、夏山さんがクラスというか学校の中でも高嶺の花って言われるくらい人気があるのは知ってる?」

 「うん、知ってるけど。何が言いたいの?」

 思わず冷たい返しをしてしまった。

 「いや……何か言いたいというかさ。俺から見て櫻井さんって、夏山さんの事、嫌いなんじゃないかなって思って」

 「は?そんなわけないじゃん!」

 高遠君の言いたいことが全く分からない。なんで私が涼を嫌っているなんて思うのか、理解できない。

 「じゃあ、どうして?夏山さんに男が近づかないようにしてるよね?」

 「……それ、それは」

 図星をつかれて、動揺してしまった。

 「嫉妬なのかなって俺は思ったんだけど、違う?」

 「そんなわけないじゃん!嫉妬なんか、涼にしてない。私は……涼が」

 好きだって言いそうになった。こんなこと言ったら、それこそ変に思われる。私が言いかけた後に「好き?なの?」と高遠君が見透かしたような目で言う。拳を握りしめて、感情を抑えた。その時、丁度、涼達が観覧車から降りてきて私達の元へ駆け寄ってくる。私は涼の腕を引っ張り、浜辺の方へと歩き始めた。美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジを後にして、残る観光場所は謝苅じゃーがる公園。夜風にあたりながら、街の景色を眺めるのは心地よい。このままホテルに帰らず、ずっと見ていたいくらいだった。グループ全員で写真を撮り、またボーっと景色を眺めていると、涼が他のグループの女子に呼ばれる。そして、私達の元から離れていってしまった。高遠君と平海君の会話が聞こえてくる。

 (涼に……告白か……。私にはできないのに凄いな)

 そう思っていると、「トイレに行く」と晴真までその場を離れた。多分、涼の事が気になるんだろう。私だって、気になるけど……。自分が好きな人が告白されているところなんて見たくもない。だから、大人しく待っていた。ただ、涼がなんて返事をしたのかだけが気になって仕方がなかった。ホテルの部屋で聞いてみても、涼は「告白された」「断った」としか言わない。私もそれ以上は何も聞かなかず、話を切り上げて寝た。次の日の朝は早く、朝食を食べると、荷物をまとめてバスに乗り込む。沖縄県立博物館・美術館の見学を終えると、飛行機に乗り、バスを使って学校まで帰る。その間、涼はずっと浮かない顔をしていた。それは晴真も同じ。帰り道で晴真に聞いてみるも、「体調が悪かったんじゃない」と誤魔化される。私は気にしていないフリをした。

 修学旅行が終わると、大嫌いな期末テストが始まる。そして、すぐに冬休みに入った。大学へ行くためにバイトを始めた私。母に相談した時、親戚がカフェを開いていると私を紹介してくれた。冬休みの間はバイトばかりに明け暮れて、ほとんど涼とも晴真とも遊ばず。会う事さえもなかった。だから、冬休み明けの学校初日、二人の空気が変わったことにすぐ気が付いた。その日の放課後、久しぶりに涼と二人きり。

 (付き合ったのかな……、付き合ったんだろうな)

 そればかりが頭を駆け巡る。私は覚悟を決めていた。なんと言われようとも動揺しないように。涼が重たい口を開く。

 「あのね……。私ね、ずっと好きな人がいるの」

 (やっぱり、その話だよね……)

 涼が名前を口にする前に「晴真でしょ?」と聞いた。涼の口から晴真が好きだと聞きたくなかったから。動揺している涼に見せたのは作り笑い。素直に笑顔になれない。涼は隠していたことを後悔しているようだった。だから、私は少し本音を話した。私のせいで涼は晴真が好きだと言えなかったはず。だって、何度も話そうとしてくれているのは気づいていたから。聞くのが怖くて……逃げていたのは私の方だから。謝ると、涼は寄り添うような言葉をかけてくれた。その優しささえ辛かった。

 「付き合ったんでしょ?晴真と……」

 そう聞くと、「……付き合ってない」と涼は困ったように笑う。言葉の意味が理解できなかった。二人は付き合ったものだと思っていた。涼はその理由もちゃんと説明してくれる。正直、晴真は自分勝手すぎると苛立ちもした。

 (私は気持ちを伝えることさえできないのに……、なんで両想いで付き合わないの?)

 それでも涼は晴真を信じると笑う。晴真には呆れるけど、付き合ってないと聞いて、怒りの中にもどこか安心したような気持ちが交じっていた。いや、多分、少し嬉しかったのかもしれない。

 「……そっか。でも、こんなこと言っちゃいけないかもしれないけどさ……。ちょっと安心しちゃった」

 久しぶりに、涼に弱音を吐いた。二人が付き合うのは我慢できる。でも、一番は二人が付き合う事で私の元から離れていくのが怖かった。涼は私の気持ちを汲んでくれて、そっと抱きしめてくれた。涼のこういう優しいところが大好きで苦しかった。

 

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