諦められない想い

 夏祭り当日。待ち合わせの時間まで残り一時間を切っている。

 「お母さん~!まだ~!」

 祖母が体調を崩してしまい、母が看病するため、私も母の実家に来ていた。自分では着ることのできない浴衣を手に持って、母が手伝ってくれるのを待つ。刻々と時間が過ぎていき、待ち合わせの時間には間に合いそうもなかったので、涼にメッセージを入れた。

 (涼と結城の二人きりか……)

 どうしようもない感情が押し寄せてきて、母に当たってしまう。

 「お母さん!早くしてよ!間に合わないじゃん!」

 そんな私に母も呆れているようだった。

 「しょうがないでしょ!もう少しで着せてあげるから待ってなさい。それが嫌なら、浴衣じゃなくてもいいでしょ」

 どうしても浴衣を着たかった私は大人しく母を待つ。ようやく浴衣を着ることができたのは待ち合わせから十五分も過ぎた頃だった。母の実家から駅に向かい、人混みの中を早足で歩く。二人が待っている公園の付近を歩いていると、コンビニから結城が出てきた。

 「あれ?結城、なんでここに?」

 私の声を聞いて、結城は振り返る。そして、何故か安堵したような表情をしていた。

 「櫻井か……。櫻井も浴衣着たんだな」

 「櫻井もってことは、涼も浴衣着てるの?」

 「あぁ、うん。」

 涼の話をすると顔が赤くなる結城。その表情がなんだか嫌だった。私の方が先に涼を好きになったのに……、どんどん涼と結城の二人の距離が縮まっていく気がして。結城と話しながら、涼の待つ公園に向かう。公園のベンチに座る涼の姿が見えた途端、急いで駆け寄った。

 「走ったら危ないよ」

 涼は私に注意するけど、そんなことよりも涼に会えたことの方が嬉しい。浴衣を着た涼は一層綺麗で可愛くて。涼と話していると、結城が涼に絆創膏を渡す。二人の会話を聞いて涼の足元を見ると、確かに赤くなっていた。私は結城が持っている絆創膏を奪い取り、涼に貼ってあげる。これが私にできる精一杯の抵抗だった。結城の事は認めてるけど、私だって、涼の事が好きだから。これ以上、二人が仲良くなるのを見ているのは辛い。絆創膏を取り上げられて、結城は不貞腐れているけど、私はちょっと気分が良かった。ようやく三人で集まることができた私達は夏祭り会場に出店されている屋台を巡る。何を食べるか決まらずルーレットに頼ってみたけど。結局、目の前で湯気を出している美味しそうなたこ焼きを食べた。その後、お腹いっぱいになるまで屋台を回り、重たい身体で結城の見つけてくれた穴場で花火を楽しむ。大きな音と共に、空へ打ち上げられる綺麗な花火。

 (また来年も、三人で……いや、できるなら涼と二人きりでもいいけど。花火を見に来られるかな……)

 もしかしたら、来年は一人かもなんてことも考えそうになるけど、今は目の前に上がる花火に集中する。来年への期待を込めて……。花火が終わると、私達は帰路に就く。静かな道に響く下駄の音が少し寂しさを感じさせた。私はこのまま二人と別れたくなかった。だから、明日にも会える口実を必死に考える。その時、浮かんだのが『終わっていない課題』だった。

 「ねぇ、二人は学校の課題は終わった?」

 二人に聞くと、二人とも殆ど終わっているようで、結城に関しては全部終わったと言った。課題が全く終わっていなかったのは私だけ。勉強が嫌いな私は、どうしても気が進まなくて課題に殆ど手を付けずにいた。

 (逆に、これなら教えてもらう口実に会えるかも)

 なんて思い、涼に明日は空いているか聞いてみた。「いつでも空いてるよ」と微笑む涼に嬉しくなる。本当はついでだけど、結城は強制参加。それと、今日の絆創膏の件の謝罪の意味もかねて、二人がもっと仲良くなれるようにわざと結城から晴真と呼び捨てにした。晴真は驚いていたけど、私は気にしない。逆に感謝してほしいくらいだ。ライバルに塩を送ってあげたのだから。家に帰ると、私は急いで明日の準備を始める。といっても、課題をバッグに詰め込むだけ。その時間すら楽しかった。明日が楽しみで仕方がなかった。

 (勉強は嫌だけど……早く明日が来ないかな~)

 

 次の日、待ち合わせ場所のいつもの駅前で涼を待つ。一番最初に駅に着いたのは私、その後に晴真がやってきた。

 「涼は?」

 「まだだよ」

 晴真の涼に対する呼び方が変わったことに気づいた私。「晴真は私に感謝しないとだね」と言うと、晴真は「え?なんで?」と言った。

 「なんでって、せっかく下の名前で呼ぶ、きかっけを作ってあげたのに」

 私が晴真を睨むと、「あ、そういうことね。それはありがとうございました」と晴真は適当に笑う。本当に感謝しているのだろうか。そんな会話をしていると、涼から「今起きて支度してる」とメッセージが入る。涼の家は知っている。だから、晴真の案内は私に任せてと、メッセージを返した。涼の家に行くのは何回目になるだろう。家に着き、玄関のチャイムを鳴らすと涼が出てきた。中に入り、「涼の家に来るの、久しぶりだけど……やっぱり綺麗だね」と言うと「そんなことないよ」と涼は笑った。丁度、涼の弟である優馬君が階段から降りてきたので声をかける。相変わらず、私は無視されてしまう。そんなところも可愛らしいと思っている。先に私と晴真は涼の部屋に向かった。相変わらず本棚の中には沢山の小説が並んでいて、部屋の中は綺麗に整頓されている。本棚を眺めていると、涼がお茶とお菓子を持って部屋に入ってくる。勉強したくない私と、勉強したい涼に、勉強させたい晴真。

 「めんどくさい……」

 そう呟くと、「自分で課題やらなかったんだろ」と晴真が正論を飛ばす。晴真に文句を言われながらも、私は課題を嫌々進めた。三十分経つ頃には涼も課題が終わったようで、お茶を取りに行くと部屋を出て行ってしまう。晴真もトイレを借りたいと言って部屋を出て行った。少しの休憩ができたと思い、机にうなだれる。

 (せっかく、涼の家に来たっていうのに……)

 深く溜め息をついていると、先に晴真が戻ってきて呆れた目で私を見る。

 「早く進めなよ。じゃないと、終わんないよ」

 「うるさいな……」

 小言を言う晴真に嫌気がさしていると、涼もお茶を持って戻ってきた。晴真と言い合いをしていると、涼が笑う。涼が笑うだけで、空気が和んでしまう。しかたなく、溜め息をつきながらも課題を進めた。約一時間程でやっと課題の半分を終えることができた。さすがに疲れた私達は休憩をとる。

 「トイレ借りるね~」

 なんて言って、本当はサボるために部屋を出た。リビングに行くと、優馬君がゲームをしていたので声をかけた。

 「私も一緒に遊んでいい?」

 優馬君の隣に座って、ローテーブルに置かれていたコントローラーを持つ。

 「……いいですけど」

 中学の時から時々、涼の家で優馬君とゲームをして遊ぶこともあった。その時から、何故か私には冷たい態度の優馬君。涼は「いつもごめんね」なんて謝るけど、私は案外、優馬君のことが気に入っている。

 「あの……薫さんはまだ好きなんですか?」

 集中してゲームをしていると、優馬君はゲームしている手を止めた。「好き?誰を?」と聞き返すと、「その……涼ねぇを」と言いづらそうにしている優馬君。一瞬、動揺してコントローラーを落としてしまった。コントローラーを拾い上げて「もちろん、好きだよ」と答えた。優馬君は私が涼に恋していることを知っている。一度だけ、優馬君に中学生の時、同じような質問をされた。優馬君は姉思いの優しい子で、涼が困らないように周りをよく見ている。だから、涼の家に来て二回目の時にはバレてしまっていた……涼が好きなことを。

 「どうして……叶わない恋ってわかってるのに」

 優馬君は真剣な目で私を見ている。

 「どうしてだろうね。でも、それが恋ってことじゃないかな……」

 どんなに諦めたくても、諦められないのが恋だと私は思っている。私だって、何度も涼の事を諦めようと思った。でも、それは無理なこと。傍に居ればいるほど、好きになっていくし。離れれば離れるほど、想いも強くなってしまう。だから、諦めるのもやめた。

 「……俺は涼ねぇが笑っていれば、それでいいんです。姉ちゃんって、物凄くお人よしだから。イジメられても、自分が何かしてしまったんだ、なんて考えるほどに」

 「知ってるよ」

 「だから……」

 優馬君の言いたいことは何となくわかる。きっと、私に涼を諦めてほしいんだろう。もしくは、好きでいてもいいけど……気持ちを伝えることで涼を困らせないでほしい。そのどちらかだと思う。私は気持ちを伝えるつもりもないけど、諦めるつもりもない。例え、恋人になんてなれなくても、親友として涼の傍に居続けるつもり。

 「じゃあ、このゲームで三回勝負をして、私が負けたら涼を諦める」

 もちろん、そんなつもりはないけど。優馬君が少しでも気分が楽になるのならと思って提案した。「分かりました」と綻んだ笑顔を見せる優馬君。

 「でも、私が勝ったら諦めるつもりはないよ?」

 「分かってます」

 「よし、じゃあ勝負だ!」

 私と優馬君は食い入るようにテレビ画面に集中する。私はすっかり課題の事なんて忘れていた。一回目は私の勝ち。二回目は優馬君の勝ち。三回目は……優馬君が勝った。

 「俺の勝ちですね」

 そう言って、優馬君は純粋で爽やかな笑顔を見せる。悔しがるフリをしながら、コントローラーをローテーブルに置いた。「悔しいな~」なんて言っていると、リビングの扉が開く。そこには涼と晴真が立っていた。多分、全然戻ってこない私を探しに来たのだと思う。

 「やっぱり、ここにいた!」

 涼が眉間に皺を寄せる。反対に私は笑顔で二人を呼んだ。せっかく、三人で集まったんだから、課題だけじゃなくて楽しみたかった。しばらく、優馬君も合わせて四人でゲームを楽しんだ。途中で、私と涼はリビングテーブルの椅子に腰を掛ける。他愛もない話をしながら、ゲームをする優馬君と晴真を眺める。その途中、涼の纏う空気が何となく変わったような気がした。自分の勘でしかないけど……晴真を好きになった事を私に話そうとしている、そんな気がした。もしも、私の勘が当たっていたとして……相談されて、私は何を言えばいい?だから、涼が話そうとする前に椅子から立ち上がり、晴真と優馬君の方へと駆け寄る。心を落ち着かせるために、優馬君からコントローラーを貸してもらい、晴真にアイスと課題再開を賭けた三回勝負を挑む。結局、負けてしまった私は課題を進めることになってしまった。涼の部屋に戻って一時間程、クタクタになりながら課題を進めて、ようやく三分の二が終わる。残りは家でやることに決めて、少し休憩。その後、涼に玄関まで見送ってもらい解散。私は夕焼け空を眺めながら、どこか焦燥感に駆られていた。

 

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