大切な人

 冬休みが明けると、いつの間にか仲良くなっていた私と結城君に、涼は驚いている。

 「仲良くなったんだね!」

 涼は私に仲良くなった訳の一つも聞かず、嬉しそうにしている。その笑顔に、私は癒された。私と涼、結城君の三人でいることが増えて、いつの間にか、それが当たり前になっていた。登校する日が少ない三学期は何事もなく過ぎていく。春休みを迎えて、終えて。学校が始まり、私達は高校二年生となった。今年度も三人とも同じクラスでになり、安堵した……のも束の間。四月の初め、クラス内で自己紹介の時間が設けられる。一人一人と、席を立ち、自己紹介をする。自分の番が回ってきて、私も席を立った。すると、後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 「あれー!薫じゃん!まさか一緒に学校だったんだ~」

 私は血の気が引いた。思い出したくもない記憶が頭の中を駆け巡る。声に反応せず、自己紹介を終える。怖くて後ろを振り向くことはできなかった。休み時間になると、涼と結城が「大丈夫?」と私の元へ駆け寄ってくる。心配をかけたくなくて、無理やり作った笑顔で「大丈夫」と答えた。それでも、冷えていく身体と無理に作った笑顔では二人を騙すことはできなかった。二人と話していると、見知った顔と声の女子生徒が近づいてくる。

 「ねぇ、薫だよね?なんでさっきは無視したの?同じ中学だった優美ゆみのこと覚えてないわけないよね?」

 忘れるはずもない……、嫌というほど覚えている。中学の時に私をイジメていた本人なのだから。まさか、同じ学校にいるとは思っていなかった。一年の時は別々のクラスで、廊下でもすれ違うことがなかったから。私は震える声で返事をする。中学の時よりも派手になっている岡田さんは私を見下すような顔で見てくる。でも、すぐに結城の方へ顔を向けて、「よろしくね」なんて甘い声で話しかけている。気持ちが悪かった……、こんな奴と同じクラスなんて。それに、未だに臆病な自分に苛立つ。岡田さんがその場を去ると、涼に「詳しい話をしてほしい。何があったのか教えてほしい」と言われた。本当は話したくない。過去にとらわれて、怯えてる自分が情けないし。イジメられていた過去なんて、好きな人に聞かれるのはもっと情けない。それでも、涼はきっと引かないし、寄り添ってくれることだってわかってる。放課後になると、「岡田さんとは前の中学校のクラスメイトだよ。それだけ」と涼に話した。何を聞かれても、イジメられていたとは言わなかった。多分、涼の事だから気づいてはいるだろうけど。それからというもの、毎日のように私と涼と結城の三人で話していると会話を割くように岡田さんが話しかけてきた。迷惑めいわくはなはだしい。苛立ちも積もり我慢の限界を迎えた、ある日。いつものように私達の所へとやってきた岡田さんに言い放つ。

 「ごめん、私達の三人で話したいことがあるから、また今度にしてくれる?」

 その場に居た全員が目を見開き、反対に私はスッキリとした気持ちだった。ずっと、言えなかった気持ちを言えたみたいで。私と涼の前だけなら強気の岡田さんも結城の前だからか、苛立ちが滲み出た笑顔で私達から離れていく。岡田さんに限って、このままなんてことはないだろうけど……。安堵した私達はいつも通り他愛もない話で盛り上がっていた。次の日、私の予想通りだった。靴箱の中には大量の悪口の書かれたゴミ同然の紙が敷き詰められている。涼は隣で怒ってくれるけど、私は気にしなかった。こうなることくらい分かっていたし、隣に涼さえいてくれればイジメなど怖くない。ただ、頭ではそう思っていても、身体は強張ってしまう。イジメがエスカレートすることはなかったけど、嫌がらせを受ける日々は決して楽しいものではなかった。涼も結城もずっと心配してくれていて、その度に申し訳ない気持ちになる。

 (私のせいで……)

 そんな事が一ヶ月ほど続いた日の事。私へのイジメがぱったりとなくなった。その代わりに涼は私と結城を避けるようになった。岡田さんが涼を監視していることに気づいた私は理解できた。きっと、涼が私の為に……岡田さんに何か言ったんだと。私をイジメない代わりの交換条件……それが私と結城と話さないことなんだろう。

 (これじゃ、中学の時と同じじゃんか。涼ばっかり……)

 一緒に登校しなくなって、放課後も一緒に帰らなくなって。学校に居ても、全く話せなくて。何も楽しくなかった、何一つ幸せじゃなかった。これならイジメられたままでいいから、涼と話せるほうがいい。何度も涼に話しかけるけど、「ごめん」と涼は謝るばかりで。涼と話せなくなってから一ヶ月が過ぎた、ある日。放課後、私が校舎を出て校門に差し掛かった時、結城からスマホにメッセージが届く。先生にバレないようにこっそりと確認すると、「教室に来てほしい」という文章だけが送られてきていた。私は急いで、校内へと戻り、教室に向かう。その際、空き教室の前に立っている結城の姿が見えた。静かに近づいていくと、結城は口元に手を人差し指を当てる。気になって、空き教室の中をこっそりと覗いた。中に居たのは涼と岡田さん達だった。結城が私を呼んだ理由が分かった。私は大人しく、涼が来るのを教室で待つことにした。教室でしばらく待っていると、扉の開く音が聞こえてくる。開いた扉の前には目を赤くした涼が立っている。すぐさま涼に駆け寄って抱き締める。私がずっと寂しくて辛かったように、涼もきっと辛かったはず。「バカ」と言うと涼は泣きながら「ごめんね」と謝った。私は抱きしめたまま、涼に言った。

 「私が何よりも辛いのは……涼と……大切な友達と話せなくなることなんだよ!だから、もう二度とこんな馬鹿な真似しないで!」

 涼も私も感情のままに泣いて、泣いて泣いて……涙が枯れるまで泣いた。十分程経っただろうか、ようやく泣き止んだ私達は教室を後にして、結城の待つ校門へと向かう。校門で待っていた結城は私達を見て、少し笑う。その後は結城の奢りでコンビニに寄り、久しぶりに三人で帰れる幸福感に浸っていた。岡田さんと涼と結城に何があったのかは、あえて理由を聞かない。次の日から私達に話しかけてこなくなっただけで十分じゅうぶんだった。ちょっと色々あった一学期だったけど、残りは問題なく過ごすことができて、あっという間に夏休みを迎えた。今年の夏休みは楽しいことばかりで、心が踊る。涼と出かけたり、他の友達も交えてバーベキューしたり。一番楽しみなのは私と涼、結城の三人で行く夏祭り。ただ、楽しみだけど……綺麗な心では楽しめなさそうな気がしていた。その理由は……涼の気持ちの変化にある。三人で久しぶりに帰った日を境に、結城に対する涼の態度が少し変わったような気がした。

 (あぁ……好きになったんだろうな……)

 そう思った。一年生の時の照れとは違う。恋しているからこそ、意識しすぎて照れているような表情を、涼は時々見せるようになった。

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