叶わない恋

 次の日、涼は何事もなかったように登校していた。休み時間に話を聞くと、園口さんからのイジメがなくなったという。それと、石橋君にはあまり関わらないようにもしているようだ。園口さんがイジメなくなった理由は石橋君のことが関係しているのだろうけど、それ以外はよく分からない。今更、イジメが悪いことだと思ったのだろうか。それからは問題なく学校生活を送ることができて、私達は中学を卒業。高校へと進学した。入学してから四月も五月もあっという間に過ぎていく。高校生活は隣に涼が居れば、それだけで楽しいし、それだけで十分。……でも、7月の夏休み前の事だった。一緒に登校中の涼が「相談がある」と言った。朝から涼は不安そうな表情をしていた。相談の内容はクラスで、いや、学校の中でもイケメンだと噂の結城晴真の話だった。平気なふりをして相談に乗るけど、正直、聞きたくない。どんな形でも涼の隣に居られればいい……それでも、私以外の男の子が涼の隣に居ることを想像すると、嫌でたまらなかった。学校に着いて、担任が来るまで涼と話していると、「おはよう」そう聞こえてくる。声の方に顔を向けると、結城君が涼に声をかけていた。涼は自分に話しかけているとは思っていないのか、特に反応しない。でも、結城君は諦めずに、もう一度「おはよう」と挨拶していた。やっと気づいたのか、涼は頬を赤くして「おはよう」と返す。思わず、結城君を睨みつけそうになったけど、我慢する。

 それから毎日のように結城君は涼に挨拶をするようになった。その様子を見ながら私は後悔する。四月の委員会決めで図書委員になった結城君と涼を同じ委員会にしなければよかったと。でも、涼のやりたいことを妨げたくなかった。自分の黒くなっていく恋心と闘いながら、私は夏休みを迎えた。涼と二人で買い物に行ったときに私は「ねぇ、涼はさ。結城君の事どう思ってるの?」と聞いてみた。

 「え?」

 涼は突然の質問に驚いた表情を浮かべる。

 「う~ん。友達……?クラスメイト?わからない」

 涼は困ったように笑っていた。多分、涼自身も結城君の行動が読めていないのだと思う。その後は結城君の話などしたくもないので、私は話題を変えた。夏休み中、ずっと家に居ながら考えていた。なんで、涼に挨拶だけするのか……。ただ、はっきりとした答えはでなくても、結城君が涼を気になっていることだけはわかる。

 (はぁ~、私はどうしたいんだろう……。もしも、涼に好きな人ができたら、どうしたらいいんだろう)

 そんなことばかり頭の中で考えてしまう自分が嫌だった。涼が誰かを好きになることを素直に喜べない自分も……。夏休みが明けると、結城君は変わらず、登校してくると「おはよう」と涼に挨拶する。涼も慣れてしまったようで普通に「おはよう」と言っていた。

 (このまま、挨拶だけで終わるなら……いいか)

 そう思う事で心を落ち着かせる。夏休み明けの三日目までは。次の日、いつも通り涼と一緒に登校して、いつも通り涼と話しながらHRが始まるのを待っていた。結城君も変わらず、涼に挨拶をする。それだけで済めばよかったのに……。今日はなぜか、休み時間にまで涼に話しかけてきた。明らかに昨日の委員会活動で何か進展があったようで、私は思わず聞いてしまった。

 「あれ、二人ともそんなに仲良かったっけ?」

 涼に聞いたつもが、私の問いかけに答えたのは結城君だった。

 「だって、俺たち同じ趣味を持つ仲間だし。てか、友達だからね」

 そう言って微笑む結城君になぜか涼も驚く……というよりも嬉しかったのか頬を赤く染める。

 (友達……か……)

 また、黒い気持ちが湧き上がってくる。この気持ちは、どこにぶつければいいのだろうか。その日から結城君はよく涼に話しかけるようになった。時々、私は二人の会話に混ざることすらできない。本が趣味の二人には二人でしか話せないことがあるから。私はどうしても結城君を好きにはなれなかった。いつか、涼の隣を奪われてしまいそうで……。二学期の後半になって、席替えがあった。涼は残念そうにしていたけど、私は嬉しかった。涼の近くの席になるように祈りながら、クジを引く。そして、クジに書かれた番号の場所へ席の移動を始めた。(涼はどこだろう……)と教室を見回す。涼は私の後ろの席に机と椅子を移動させていた。願いが届いたのか、涼と近い席を引き当てた。「涼、これからよろしくね!」と満面の笑みで涼に声をかける。すると、横から同じように「俺もよろしく」と誰かが涼に声をかけた。私の隣の席の人は結城君だった。思わず、嫌な顔をしてしまったけど、すぐ笑顔に戻し、涼に笑いかける。席替えをしてから、私の隣から聞こえてくる声。どうしても敵対心ばかりが出てしまって、話したくなかった。だから、涼を間に挟んで会話しているような感じだった。涼は少し困った様子だったけど……。そんな日々が続き、二学期を終え、冬休みに入った。クリスマスは涼と過ごす。正月はお互いに家族との予定が入っていたので、冬休みが明けるまでは会えなかった。正月の元旦。母と一緒に近くの神社に初詣へ来ていた。沢山の人で賑わっている神社の中……偶然にも結城君と鉢合わせてしまう。軽くお辞儀をして、その場を去ろうとした。すると、「待って」と結城君に呼び止められる。

 「ねぇ、櫻井さんって俺の事嫌いでしょ?」

 振り返って「どうして?」と聞いた。

 「どうしてって……全然、話しかけてくれないし。俺と夏山さんが話してると嫌そうな顔してるから」

 結城君は少し悲しそうな表情を浮かべる。確かに……気になっている人の友達から嫌われてるとなれば悲しいはず。私も結城君と同じ立場になったら、悲しいかもしれない。

 「だって私、結城君とライバルだから」

 そう答えると、結城君は目を丸くした。

 「私は恋愛対象として、涼の事が好きだから」

 結城君は驚きのあまり固まっていた。当然の反応だ。友達だと思っていた人が涼に恋してるなんて。でも、最初は驚いていた結城君も気持ちが落ち着くと「少し、話さない?」と言った。あんなにも話したくなかったのに、今は結城君と話してもいいと思った。だから、「分かった」と頷く。私達は神社の近くの公園に寄る。母には先に帰っていてと連絡を入れておいた。ベンチに座り、先に話しだしたのは結城君だった。

 「俺って、中学の頃にさ。モテてるからってだけで仲の良かった親友にまで嫌われて……」

 自慢話が始まるのかと思ったら、そうではなかった。

 「それから、俺の見た目ばっか見て騒ぐ女子が嫌いというか苦手になったんだ」

 イケメンにもイケメンなりの悩みがあるんだな、と私は思った。

 「そんな時にさ、涼と話して……この子は他の女子と違うって思ったんだ」

 「そっか……」

 結城君の言葉に私は深く頷く。涼はいつだって気づかないうちに誰かを救ってしまう。私もその一人だから。「それで……涼を好きになったの?」と聞くと、結城君は何も言わずに頷いた。

 「櫻井さんは……どうして?」

 結城君の質問に、隠し事なく全て答えた。中学の時にイジメられていたことも涼に救われたことも、涼を好きになった理由も。お互いの本音を知り、なんだか心が軽くなった。女の子が好きだなんて言えば、普通、変だと馬鹿にされる。気持ち悪いと……。でも、結城君は私を馬鹿にしなかった。私が涼を好きなことを受け入れて、その上で自分の気持ちまでも教えてくれた。

 (結城君だったら……涼の彼氏になっても……いいかもな)

 そう思えるくらいに結城君の言葉に嘘はなかった。

 「ねぇ……結城君」

 「何?」と首をかしげる結城君に「涼が好きなら、その気持ち貫き通してね……。他の男に涼を渡さないようにして」と言った。

 「私は、涼と付き合えないから……。涼が好きなのは女じゃなくて男の子だから」

 そう言うと、結城君は困っていた。困らせると分かっていて、私は伝えた。「でも、涼の親友の座は渡さないからね」と笑うと、結城君も「分かった」と笑った。その後、連絡先を交換して、公園を後にする。家までの帰り道、ずっと考えていた。

 (これでいいのかな……これで)

 結城君に涼の彼氏になってもらって、私は親友のままで。本当は辛いけど、私の中にある選択肢はこれ一つしかなかった……。

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