そばにいたい
次の日、涼に話しかけると、以前のように接してくれた。休み時間に涼と話していると、「あれ?何話してるの?」と園口さんが話しかけてくる。
「別に」
適当に答えると、園口さんは睨みつけてきた。
「最近、二人とも話してる様子がなかったから、仲が悪くなったのかと思ってた~」
嫌味を言う園口さんに対しても、涼はずっと笑顔だった。
「ううん、仲悪くないよ」
微笑む涼に園口さんは舌打ちをする。私は園口さんを無視して、涼と話し始めた。
それからは私も園口さん達のいじめ対象になった。涼と話している私が気に食わないのだろう……。本当はイジメられるのは怖い。また、前の学校の時みたいに、辛い思いをしたくない。登校するたびに教室に入るのが怖かった。でも、私には涼が居た。涼は私よりも早く学校へ来て、机の上に書かれた落書きを消してくれていた。
「おはよう、何してるの……?」
涼は私の机を隠すようにして「な、何もしてないよ」と言う。そんな涼に近づくと、私の机には沢山の悪口が書かれていた。もちろん、涼の机にも。多分、放課後になって園口さん達が書いたのだろう。
「あ、……えっと」
涼は申し訳ないといったような表情を見せる。「もしかして……消してくれてたの?」と聞くと、涼は照れたように頷く。自分の机の落書きよりも先に、私の机の落書きを消してくれていた。
「どうして?涼が書いたんじゃないのに」
「だって……私のせいでしょ?薫が私と話してるから」
辛いのは涼も同じなのに。なんで、こんなにも涼は優しいのか不思議に思う。
「涼のせいじゃないよ。私は涼と話したいから話してるの。だから涼のせいじゃない」
はっきりと違うと否定した。すると、涼は嬉しそうに「ありがとう」と笑う。園口さん達が登校してくる前に、私も涼の机に書かれた落書きを消し始める。お互いにお互いの机を。イジメられてるのに、なんだか楽しかった。それは、きっと涼が傍に居てくれたから……。園口さんが登校する前には机も綺麗になり、私達はいつも通り他愛もない会話をしていた。反対に、楽しそうにしている私達を見て、園口さんは苛立っているようだった。次の日も、また次の日も、何をされようとも涼と二人なら乗り越えられた。イジメなんて怖くなかった。そんな日々が続いて、私は転校して一年を迎え、三年生となった。三年になると、私は園口さんと別のクラスになり、イジメもなくなる。ただ、涼が心配だった。涼は私と別のクラスになり、クラスメイトの中には園口さんが居たのだ。休み時間になると、心配になり涼に声をかける。話を聞く限り、つまらないイジメは続いているみたいだった。でもひとつ、去年とは違うことがあった……。それは、臆病者だと思っていた石橋君が涼の事を庇うようになったこと。
「最近ね、石橋君が私の事を気にかけてくれるようになったの……」
涼は嬉しそうに話していた。だから、私は「涼は……石橋君が好きなの?」と聞いてみた。涼は「う~ん、好きではないかな。友達って感じかな……」と首をかしげる。
「告白されたことあるけど、好きだと思ったことはない。その時も友達としては好きだったかもな……でも、中学に入って全然話してくれなくなったし」
私は内心、嬉しかった。涼は誰も好きじゃない、純粋で綺麗だったはずの恋心が少し黒く汚れる。それから二カ月経った頃だった。教室に忘れ物をしたので取りに行こうと踵を返す。その時、教室の前の廊下で誰かの話し声が聞こえてきた。廊下の曲がり角でバレないように話を聞く。話していたのは園口さんと石橋君だった。
(え?なんで二人が?)
息を殺し盗み聞きをしていると、聞こえてきたのは苛立ちも覚えるような内容だった。
「ねぇ、いつになったら私と二人で出かけてくれるの?」
「そうだな……園口には感謝してるし……」
(感謝?涼をイジメてるのに?)
意味が分からなかった。でも、話の続きを聞いて、その訳がはっきりとした。
「園口のおかげで、夏山といい感じになれそうだわ」
「本当に感謝してよね!私は石橋の為に涼をイジメてるんだからさ」
私はどうしても我慢できなくて、二人の元へ歩き出そうとする。その時、後ろから腕を掴まれる。振り返ると、そこに居たのは涼だった。驚いて思わず声が出そうになる。涼は「静かに」と口元に人差し指を当てる。
「でも、涼にはいつ告白するつもりなの?」
私達に全く気付いていない園口さんと石橋君はまだ話をしている。
「は?告白するわけないだろ……」
その言葉を聞いて、「どういうこと?」と戸惑う園口さん。
「どういうことって」
「だって、涼が好きだから……私がイジメて石橋が涼を助けて、涼が好きになるようにしてたんじゃ」
それを聞いた石橋君は笑っているようだった。
「なわけないじゃん。正直、夏山にムカついてたんだよ、俺は」
「え?」
「だって、俺の事を振ったんだぜ。だから、俺を好きにさせて告白でもしてきたら振ってやろうと思って。同じ思いしてほしかったからな」
石橋の言う事に園口さんは黙り込んでしまう。後ろを振り返り、涼を見ると俯いていた。私は石橋が許せなくなった……。ただの臆病者なんかじゃなくて、ただの最低な人間だった。あの時の照れた表情も全部、何もかも嘘だった。涼は足音を立てないように、その場を去っていく。私は涼を追いかけた。
「待って」
涼の腕を掴むと、涼は困ったように笑った。
「なんか私、石橋君に嫌われてみたいだね」
涼の作り笑いが一番見たくない。辛いのに無理に笑って……。その後、私は忘れ物を取りに行くこともなく涼と一緒に帰った。「薫は忘れ物、取りに行かなくていいの?」と涼に聞かれ、「うん。勉強しようと思ってた教科のノートを忘れただけだから」と返す。
「ねぇ、涼……」
「何?」
今、聞くことじゃないかもしれない……。でも、聞きたくなった。
「なんで涼は嫌な事されても笑顔でいられるの?」
私は前の学校でイジメられていた時、笑顔ではいられなかった……。涼はしばらく考えた後、「それはね、いつか本当に、心から笑顔になるときが来るって信じてるからかな?」と笑った。
「どういうこと?」
聞き返すと、涼は「何言っているか難しいよね」と言った。
「私さ、本読むの好きでしょ?」
私は頷く。涼は話を続けた。
「本ってさ、現実の事ではないかもしれないけど……絶対に報われるんだよね。どんなに辛くても苦しくても、必ず最後には笑顔になるの」
確かにそうかもしれない。でも、本の中と現実は違う。
「でも、それは本だからでしょ?」
そう言うと、「そうかもしれないけど……今から言うことを聞いても引かないでね?」と涼は歩きを止めて、私を見つめた。私は静かに頷く。
「自分の事を本の中の登場人物だと思っているの!私は本の中の主人公だって」
全く可笑しいと思わなかった。涼らしいなという方の気持ちが大きかった。
「だから、笑顔でいられるの?」
「そう!だって、自分が本の中の主人公なら絶対に幸せになる日が来るでしょ?」
涼は楽しそうに話す。私も釣られて笑顔になってしまう。
「これまで我慢してきたけど、薫が転校してきて私ね、久しぶりに学校が楽しいって思うようになったの。今も薫といられて幸せだなって思うの」
「うん……」
「だから、あながち間違ってないでしょ?」
涼の笑顔は私の心を癒してくれる。この時、私は改めて涼を好きだと思った。たとえ、叶わない恋だとしても……。友達でも親友でもいいから、涼の隣に居ることができるのなら……なんでもいい、そう思ったんだ。
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