臆病者
それから涼は暇さえあれば私に話しかけてくれるようになった。私も涼と話すのは楽しい。でも、この好きだという気持ちにも戸惑っていた。転校してから二カ月経った頃。クラスメイトの女子グループに声をかけられ、放課後になると校舎裏へ連れていかれた。
「ねぇ、最近、夏山と仲いいよね?」
そのグループは学年の中でも発言力などがある、中学生という狭い世界で権力を持ったようなグループだった。「そうだけど、どうして?」と聞き返す。すると、グループの中でリーダーであろう
「夏山って、顔が良いだけで男からモテてさ、うざくない?だから、女子には嫌われてんの」
思いもよらない言葉に驚く私。園口さんは「だから、櫻井さんも一緒に居ない方がいいよ。あんな奴と」と言った。それは一緒に涼をイジメろという事なのだろう。あまりにも馬鹿馬鹿しい提案。「私はそんな風に思わないよ」とはっきり断った。確かに涼は美人で男の子からモテるかもしれない。でも、それだけの理由でイジメるのは人としておかしい。「は!?何言ってんの?こっちがさ、誘ってやってるんだけど?」と睨みつけてくる園口さん。
「私には関係ない事みたいだから、もう行っていい?」
そう言うと、園口さんは手を振り上げる。これは叩かれるなと目を閉じた瞬間、「やめろよ!」という声が聞こえてくる。駆け寄ってきたのは同じクラスの男の子だった。
「い、石橋……」
園口さんは目を見開き、咄嗟に手を下ろす。そして、一目散にその場を去っていった。
「あの……ありがとうございます」
お礼を言うと、石橋君は豪快に笑う。
「なんで敬語なんだよ。ため口でいいよ」
石橋君は野球部の部長で、丸坊主だけど整った顔立ちをしている。
「じゃあ、行くね」
私もその場を離れようとすると、石橋君に「待って。あのさ、夏山の事なんだけど……」と手を掴まれる。「涼がどうしたの……?」 と聞くと、石橋君は先程とは打って変わり、照れた表情を見せる。
(あぁ、涼が好きなのか……)
すぐに気づいた。「夏山って、好きな人いたりするのかな?」と頬を赤く染める石橋君に「転校して二カ月しか経ってない私に聞くこと?」と冷たい言葉を返す。
「あ、そうだよな。最近、二人が仲いいからさ」
終始、照れた様子の石橋君に私は聞いた。
「なんで、涼は省かれてるの?美人だから?それだけで?」
すると、石橋君の表情が変わった。
「多分……俺のせい」
「石橋君のせい……?」
石橋君は頷く。「どうして?」と聞くと、石橋君は丁寧に説明をしてくれた。
涼と石橋君、そして私を叩こうとした園口さんは同じ小学校出身。元々は三人とも仲が良かったのだという。石橋君は小学校の頃から涼が好きで、六年生の時に告白をしたこともある。その時は涼に振られてしまった。そんな石橋君を好きだったのが園口さんだった。石橋君は園口さんに告白されるのも、涼が好きだからと断る。それがきっかけで涼がハブかれるようになった。中学校になってからは、権力を持った園口さん率いるグループにイジめられるようになった。
「だから……俺のせいだと思う」
私は苛立って仕方がなかった。涼は何も悪くないのに……。どこにいってもイジメはあるんだと思った。私も以前の中学校でイジメられていた、だから涼の気持ちがわかる。でも、涼はイジメられていても笑顔だった。そこだけが私とは違う。
「今でも涼が好きなんでしょ?」
そう聞くと、頷く石橋君。恋敵になるけれど、この人なら涼の事を守ってくれるんじゃないかと思った。「じゃあ、涼の事を守ってよ」と言うと、石橋君の目が泳ぐ。
「えっと……、告白したいけど。俺、今は部活に集中したくて……」
石橋君から返ってきた言葉に呆れてしまう。
「だから、告白できるのは三年の夏の大会が終わってから……」
「じゃあ、なんで私に話しかけたの?」
「俺が告白できるまで、涼の傍に居てやってほしいって言おうと」
守ってくれるんじゃないか、なんて思った私が馬鹿だった。結局、自分が巻き込まれるのが嫌なだけの臆病者。
「言われなくても涼の傍に居るつもりだけど、石橋君は二度と涼に告白しないで」
それだけ言って、その場を離れた。荷物を取りに教室に戻ると、涼が園口さん達に囲まれている。
「何してんの?」
声をかけると、「丁度、良かった。薫も一緒にこいつ懲らしめようよ」と園口さんは微笑む。さっきまで櫻井さんと呼んでいたのに、まるで仲良くなったみたいに、親しげに下の名前で呼ぶ。
「ほらさ。さっき、夏山の事、うざいって言ってたじゃん」
息をするように嘘を吐く園口さんには溜め息が出てくる。
「は……?言ってない」
そう言っても、「嘘は良くないよ?」と園口さんは私を睨みつけた。涼は悲しそうに私を見つめていた。でも、イジメられていた時の私とは違う。涼は助けを求めなかった。悲しそうな表情から無理やり笑顔を作って、口パクで「帰って」と言った。多分、巻き込まないために。私はイジメられている涼を見るのが怖くなって逃げた。結局、私も石橋君と同じだった。何もできない臆病者……。次の日、涼の腕には痣ができていた。そのうえ、私に話しかけてくることもなかった。教室で一人、ただ本を読んでいる。私は手が震えていた。悔しかった、何もできない自分が。次の日も、その次の日も……。段々とイジメは酷くなっていく。涼は大切にしている本まで破かれていた。そろそろ私も我慢の限界だった。
(もう、あの頃みたいな弱い自分は嫌だ)
涼と話さなくなってから二カ月が過ぎた頃。放課後、私は涼に話しかけた。
「……涼、ごめんね」
涼は見て見ぬふりしていたことを咎めもせず、「大丈夫だよ、慣れっこだから」と私を見て笑った。最低な私とは反対に、何ひとつ変わらない涼。「ごめん」と何度も謝りながら、私はその場で泣き崩れた。その姿を園口さんに見られているとも知らず……。
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