〈過去〉櫻井 薫
私の好きな人
小学生になる前に、父が他界した。それから、母と二人で暮らし始めた。私を育てるために母は朝から夜まで働き通しだった。寂しいなんて言葉は言えなくて……。小学校に通い始めると、友達もできて、寂しさも紛らわすことができるようになった。でも、家に帰ると母の姿はない。たまにある休みには一緒に遊んでくれるけど、疲れた様子の母が心配で、遊んだ心地がしなかった。ずっと機嫌取りをしているような感じだった。小学生の頃の友達は私が片親だからといって馬鹿にしてくることはなく、一緒に遊ぼうと誘ってくれる子ばかりだった。ただ、それは小学生までの話。中学に上がると、私はいじめの対象になった。お金がなくて、友達とも遊びに行けない。段々、私抜きで遊びに行った話をされるようになり、うんざりしていた。そんな私の態度に苛立っていたのが、岡田優美。一度だけ「あんた片親なんでしょ?可哀そうだね」と岡田さんに言われたことがある。「別に……問題ないけど。お母さんが居れば」と言うと「は?何、片親のくせに生意気なんだけど……」と岡田さんに睨まれた。それからイジメが酷くなっていった。机には落書き、靴箱には大量の切り刻まれた紙が敷き詰められている。トイレに閉じ込められた時もあった。先生は見て見ぬふりで学校には誰も味方が居なかった。学校に行かず、家に引き籠る日々が続く。そんな時、母が「引っ越そうか……」と言った。私は迷わず頷いた。私には母しかいなかった……。引っ越したところは、母の実家がある町。以前住んでいた場所と、そこまで離れていないが別の町に居るだけでも安心できる。引っ越したのは中学一年の冬。新しい中学校には二年生になって転入した。転校生が珍しいのか、クラスメイトはたくさん話しかけてくれた。それも最初だけ……。一ヵ月のも経てば、私に興味のある人はもういなくて。既にできていたグループの輪の中には入れなかった。結局、独りぼっちで。イジメにはないけど、段々とクラスメイト達から省かれているのは感じていた。そんな時に、話しかけてくれたのが涼だった……。
「ねぇ、趣味とかってある?」
転校当初に散々聞かれた質問。でも、思い返せば……涼はひとりだけ席に着いていて、私の方を見向きもしていなかった。
「……趣味は音楽を聞くことかな」
「そっか!私は本を読むのが好きなんだ~」
パッと花が咲いたみたいに笑顔になった涼を見て、胸が高鳴った。
「あ、自己紹介忘れてた……!私、夏山涼。よろしくね」
「私……櫻井薫」
「薫ちゃんって呼べばいいかな?」
そう言って首をかしげる涼はとても可愛らしかった。「うん……。私はなんて呼べば」と聞いてみると「涼でいいよ!私、友達いなくて……」と涼は困ったように悲しそうに笑った。でも、すぐに笑顔に戻る。その笑顔が眩しくて、綺麗で……胸がドキドキする。
今まで、誰にも感じてこなかった気持ち。
初めての恋……。
それは女の子だった。
私が好きになったのは涼だった。
友達とかじゃなくて、紛れもなく恋だった。
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