〈現代〉櫻井 薫
本当の再会
「お母さん!明日は、病院に行ってくるからね」
リビングでテレビを見ている母に、私は声をかける。「はーい」という返事が返ってきた時、同時にスマホが鳴った。
(晴真かな……)
スマホを手に取ると、知らない電話番号からだった。不審に思いながらも、電話に出る。「もしもし……」と言うと、間をあけて「もしもし……」と返ってくる。声を聞いた瞬間に電話の相手が誰なのか分かった。私に電話をかけてきたのは……涼だった。「涼なの……?」と聞くと、涼は「うん」と言った。私の心臓が強く鼓動し始める。一週間前のバーベキューの時も、結局、涼とは話せないままだった。だから、もう二度と話せないと思っていた。
「どうして、私の電話番号……?」
「晴真から聞いたの」
「そっか……」
涼の声は電話越しでも緊張しているのがわかる。もちろん、私も緊張で言葉が詰まりそうになっている。
「薫……明後日、会える?」
思いもよらない言葉に驚く。
「明後日、私は東京に帰るんだけど、最後に薫と話がしたい……」
涼の言葉を聞いた瞬間に、自然と涙が零れた。「待ってて、ちょっと確認するね」と急いで仕事のシフトを確認する。明後日は丁度、勤務日だ。
「涼……私の親戚の経営してるカフェの場所……覚えてる?」
そう聞くと、「覚えてるよ」と涼は答える。
「私、今そこの店長をしてるの……。だから、午後の三時にそこに来てくれる?」
「分かった、いいの?」
「うん……バイトの子達には説明して三時にはお店を閉めるから。お店くらいしか、二人で話せるところないでしょ?」
私が提案すると、涼は「わかった」と言って電話を切った。涙が溢れて止まらない……。拭っても拭っても、止まらなくて。それは悲しいからじゃなくて、素直に嬉しかったから。この三年間、涼に会って話すことが私の願いだったから。
「……ママね、やっと涼と話せるの。大事な親友と会えるんだ」
大きくなり始めたお腹をさする。直ぐに晴真に電話をかけて、涼と会えることを報告した、お礼も兼ねて。
「晴真、私ね、涼と会うことになった」
「そうか!よかった……」
電話越しでも晴真が嬉しそうにしているのがわかる。「晴真はもう会ったんでしょ?」と聞くと、「……うん。会ったよ」と晴真は言った。
「ありがとう……晴真が居たから私、涼に会える」
「うん……」
晴真と話している時も、涙が止まらない。何を話そう、何て言おう、それより謝るのが先かな?涼は大学で何を勉強してるんだろう、私と会ってくれたことにお礼を言わないと。そんなことばかり考えていて。晴真に思っていることを全て聞いてもらった。その間、晴真は優しい声で話を聞いてくれた。ただ……晴真はまだ涼が好きなの?付き合うの?それだけは聞けなかった。でも……晴真は「俺は涼とは付き合わないよ……だって、涼は俺の事、もう好きじゃないって」と察したように言った。晴真の悲しそうな声に胸が締め付けられる。今も晴真の好きな人は涼で……私ではないんだと。
涼と会う当日の朝。いつもよりも張り切ってメイクをする。お店に出勤して、一つ年下のバイトの子に挨拶をすると「あれ、櫻井店長、いつもとメイク違いますね?」と言われた。
「気づいた?」
嬉しくて微笑むと「もちろんですよ、大体、美人だっていうのに、ほぼノーメイクみたいな感じですし」とバイトの子はいう。
「今日はね、久しぶりに親友と会うの」
「あ~、だから三時で閉めるんですね」
「そう」
お店が開店すると常連のお客様が来店する。常連さんからも「あれ?今日はなんか楽しい事でもあるんですか?」と聞かれる。それほどまでに、涼と会えるのが嬉しい。早く会いたくて仕方がなかった。お客様が全員帰り、店にはバイトの子と私の二人きり。時刻は午後三時になっていた。
「あとは私がやるから上がっていいよ」
そう言うと、バイトの子は「大丈夫ですか?無理しないでくださいよ、身体の事もあるんですから」と心配してくれた。
「大丈夫、心配してくれてありがとう」
そんなやり取りをしていると、お店の外には涼の姿があった。「じゃあ、お先に失礼します」とバイトの子は裏口から帰っていく。私はお店の鍵を開けて、涼に声をかけた。
「来てくれて、ありがとう……」
そう言うと、涼は静かに頷いた。奥の席に案内して、コーヒーを涼の前に置いた。「ありがとう」と涼は微笑んだ。でも、涼の表情はどこか硬く、無理に笑顔を作っているように見える。それでも、久しぶりに笑顔を見られただけで嬉しかった……。私は涼の前の席に座る。静かな空間で自分の心臓の音が大きく聞こえてくる。先に話し始めたのは涼だった。
「……バーベキューの時、押してごめんね」
「ううん」
涼は私の目を見てはくれない。ずっとコーヒーカップを見つめている。
「晴真から……全部、誤解だって聞いた。二人はちゃんと話そうとしたのに、私が逃げたから」
昔から、涼は自分を責める性格で……大人になった今も、相変わらず自分のせいだと話す。
「違うよ……、涼を傷つけたのは私の方だよ。私が誤解だと直ぐに追いかけていればよかったの……」
空気が重く暗くなる。私達の口から、懐かしい思い出話の一つも出てこない。お互いに自分を責めるだけの言葉ばかりしか出てこない。「ねぇ……薫は高校生の頃、誰が好きだったの?」と涼は私の目を見つめる。その目から見て取れるのは「晴真が好きだったんでしょ?」という疑問。
「……なんで、そんなこと聞くの?」
そう聞き返すと「何でって、薫はいつもはぐらかしてたでしょ?」と涼は言った。
「……そうだね」
いつか言わなければいけない日が来るのは分かっていたこと……。でも、ずっと隠してきた。怖かったから……涼が私から離れていくのが怖かったから。
「私が好きだったのはね……」
ずっと……ずっと私が好きだったのは。
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