〈現代〉夏山 涼
捨てたくない思い出
店を出ると、我慢していた涙が零れ落ちた。誤解していたことも、晴真がちゃんと私を好きだったことも、真実を知ることができたのに……。なのに、なんで胸が苦しいの……こんなにも涙が止まらないの?
「好きだった」
晴真に言われた時、今は違うんだと思った。「好きだ」じゃなくて「好きだった」それだけの違いなのに、もう私に気持ちはないのだと。
「晴真の事はもう好きじゃない」
自分の口から出た言葉に傷つき、自分の発言に後悔する。晴真の悲しそうな表情を見た時、(もしかして……)と心の中で微かな期待が生まれた。そんな期待も簡単に崩れることを、なぜ私は学ばないのだろうか。
薫が好き?妊娠している?
晴真の口から出た言葉は信じがたいものだった。頭がうまく回らなくて、話の内容をすぐには理解できなかった。少しずつ言葉を整理して、理解できた時に湧いてきた感情は悲しみよりも怒りだった。好きだという気持ちなんて、思っていたよりも簡単に変わってしまう。晴真の話を聞いて、そう思った。結局、本当に晴真の事を好きだったのは私だけ。こんなにも苦しい思いをしているのは私だけ。あの日、私がちゃんと二人の話を聞いていたら……今、私の隣で晴真は笑っていたのだろうか。晴真が薫を好きになることも、妊娠させることもなかったのだろうか。
あの日から三年経った今も、私の時計の針は止まったまま。涙が止まるまで、近くの公園のベンチに座り、心を落ち着かせる。手に持っている晴真から渡された紙には、薫の電話番号が書かれていた。その紙を公園のごみ箱に持っていく。
(……こんなのっ!)
捨てようとした時、私の前の方を二人組の女子高生が通りかかった。
「あともう少しで、夏祭りだよね~。マジで楽しみ」
「ほんとに、それ!浴衣、着てく?」
「いいね!」
楽しそうに会話する女子高生達は私の方を見向きもせず通りすぎる。私は紙を捨てずにポケットに入れた。この紙を捨ててしまったら、高校生の楽しかった思い出まで捨ててしまいそうで……怖くなった。あの日から、確かにずっと辛い日々が続いていた。なんで?どうして?の気持ちばかり募って。でも、その前までは確かに楽しかったんだ。三人で沢山話して、笑い合って……。薫とは中学生の頃から、二人で楽しい日々を過ごしていた。私は息を吸って、深く吐く。そして、公園を後にし、家へと戻った。玄関の扉を開けると、弟が駆け寄ってくる。目を赤くして戻ってきた姉に何を思ったのだろう。心配そうな顔で私の名前を呼ぶ。ただ一言「大丈夫」それだけを言って部屋へ向かった。部屋に入り、ポケットに入れていた紙を机の上に置く。まだ、電話をかけられない。もう少しだけ、心を整理する時間が欲しい。
(……まだまだ、私は弱いな……)
それから五日間程、何も考えず、華璃とご飯を食べに行ったり、買い物に出かけたりしていた。華璃にはまだ、晴真と薫の話はしていない。ただ、晴真に会ったという事だけは話した。華璃はそれ以外の事は何も聞かず、いつも通り接してくれる。「ありがとう」と言うと「え?何のこと?」ととぼけていた。東京へ帰る二日前の夜。私は机に置きっぱなしだった紙を手に取る。震える手に力を込めて、スマホに電話番号を入力した。電話をかけてから、十秒も経たずに「もしもし」という声が聞こえてくる。
「もしもし……私……」
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