〈現代〉結城 晴真

今の気持ち

 涼は俺の目を見て、「そっか」と頷いた。ちゃんと俺の想いは伝わったのだろうか……。少し安堵していると、突然「じゃあ、今は誰が好きなの?好きな人いるの?」と涼は言った。思わず動揺してしまい目が泳ぐ。黙り込む俺に、「好きな人はいるの?」と涼は同じ言葉を繰り返す。やっと、誤解が解けたと思ったのに……また涼を傷つけるが怖い。

 「別に……、今更、付き合ってなんて馬鹿なこと言わないよ。だって、私はもう晴真の事は好きじゃないから」

 涼の言葉は酷く冷たい。分かっていたことなのに、涼の言葉を聞いて胸が痛んだ。もう、あの時には戻れないんだと痛いほど身に染みて感じる。

 「……今の好きな人は」

 涼の質問に戸惑いながらも正直に答える。

 

 「俺が今好きなのは……薫だ」

 

 涼はアイスコーヒーを一口飲み「そう……」と悲しそうに微笑んだ。「二人はお似合いだと思うよ……じゃあ、私帰るね」と言い、涼は席を立とうとする。だが、俺は涼の腕を掴み引き留めた。

 「まだ、謝ってないことがあるから、聞いて」

 涼は俺の手を振りほどいて、もう一度、席に着く。

 「……何?謝ってないことって」

 「昨日は強く言い過ぎた……、ごめん」と頭を下げると、「ううん、私も悪いから」と涼も申し訳なさそうに言う。

 「いや、違う。涼は何も知らないのに、俺達がしつこく引き留めたから……」

 「何も……知らない?」

 涼は首をかしげる。正直、今から口に出そうとしている言葉に涼がどんな反応をするのか怖かった……。でも、隠し通すわけにはいかない。俺は軽く深呼吸をして、口を開いた。

 「薫のお腹には子供がいるんだ……」

 その言葉を聞いて、涼は困ったような表情を浮かべる。

 「え?それは誰との……」

 「……俺との子供」

 

 俺は高校卒業後も薫と頻繁に会っていた。お互いを慰めるように、一緒に過ごしていた。薫は一年経っても暗いままで、笑顔は全て作り笑い。俺も薫と同様、心に空いてしまった穴をどうやって塞いだらいいのか分からず、精神的に不安定だった。だからこそ、同じ痛みを知っている薫と一緒にいることが楽に感じる。自暴自棄になっていた俺と薫は、次第に身体の関係を持つようになり、いつしか俺は薫に恋していた。もちろん、初めは戸惑った……。俺は涼を好きなはずだろって。でも、薫の傍に居ると、辛いことも悲しいことも忘れることができて。これは恋なんだと、はっきり自覚した。身体の関係を持つようになって、約一年後。薫から妊娠したと報告を受けた。最初は自分の子供だなんて思っていなかった。だから、誰の子だと薫を問い詰める。最初は「言いたくない……」と言っていた薫も、妊娠報告から一ヵ月後、誰の子か教えてくれた。その時、自分の子供だと知った。薫は一人で育てると言うが、薫がなんと言おうとも俺は一緒に育てるつもりでいる。今の俺の好きな人は……愛する人は薫だから。たとえ、薫が俺を好きじゃなくても。涼はしばらく黙り込んだ後、「私は何て言えばいいの?おめでとう?それとも、あの時、薫を押してしまってごめんなさい?」と言い放つ。困惑した表情に、少し尖った言葉。涼の言いたいことはわかっている。

 「……何も言わなくていい」

 そう言うと、涼は「……そう」と呟く。

 「涼……」

 「名前呼ばないで、今は呼ばないで」

 「ごめん……」

 「ねぇ、もう話は済んだ?帰っていい?」

 涼はアイスコーヒーを飲み干すと、席を立つ。

 「待って!最後にこれ……」

 俺は手に持っていた紙を涼に渡した。

 「この紙に薫の連絡先が書いてある。向こうに帰る前でもいい、落ち着いたら薫と会ってやってほしい。お願いだ……、俺よりも涼と離れて悲しんでいるのは薫の方なんだ……だからお願いだ」

 涼は紙を受け取り、お金だけを置いて店を出て行った。やっと会えたのに、やっと話ができたと思ったのに……。結局、俺は涼を悲しませてしまった。

 (もう、二度と会ってくれないだろうな……)

 そう思いながら俺は目の前に置かれたアイスコーヒーと飲んだ。


 高校生から止まっていた時計の針が動き出す。

 あの日と同じ、暑い夏の日に……。

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