言えないこと

 春休みが明けると、俺達は高校三年……学校の最高学年になった。今年度も同じクラスであると思っていたが、薫だけが別のクラスになってしまう。放課後になると、薫は不貞腐れながら小声で文句を言っている。クラスが別になった薫とは反対に、涼と同じクラスでいられて良かったと安堵している。文句の止まらない薫に涼がひとつ提案をする。休み時間は三人で話そうという提案。薫は相変わらずの不貞腐れた顔で頷いた。それからは休み時間の度に三人で集まり、他愛もない話で盛り上がる。それが当たり前のようになっていた。せっかく涼と二人で話せる機会が増えると思っていたのに、結局、これまでと何も変わらない。ただ、クラスにいる時は涼を独占できるのだけは良かったなと思う。

 三年の一学期も後半。行事のひとつである球技大会の日が迫ってくる。これまではサッカーに出場していたが、今年度はバレーに出場することに決めた。理由なんて単純……涼がバレーに出るから。想いが通じ合ってから、涼と二人でいたいと考えることが増えた。正直、自分でも気持ち悪いという自覚はある。でも、俺が告白する日まで涼を繋ぎ止めていられるのか、不安もあって。だから、他の男が入る隙間なんてないくらい一緒に居なければと、そう思っている。球技大会当日の朝。薫の顔色が悪く、涼も俺も心配していた。特に俺は……。何でもないように振る舞う薫だが、それは心配を煽るだけだった。球技大会が始まると、試合があるまで三人で時間を潰す。最初に試合があるのは俺。サッカーの時よりも近くで観戦できるバレーはより緊張する。試合が始まると、黄色い歓声がうるさくて集中できない。ただ、涼や薫が見ているので失点はしないように試合を進めた。何とか勝つことができ、喜びのあまり涼に手を振った。涼は俺を見て微笑んだ。俺の次は涼と薫の試合。まさか、二人が別々のチームで戦うところを見ることになるとは。審判の掛け声で、練習が始まる。少し経つと、鈍い音が体育館に響き渡った。薫がいるコートを見て、血の気が引いていく。鈍い音の正体は薫だった。俺は急いで薫に駆け寄り、抱き上げる。周りの目など気にせず、保健室までは薫を運んだ。薫を見た時にフラッシュバックにしたのは倒れていた母の姿だった。だから、いち早く保健室に運ばなければと身体が動いた。保健室に着くと、中に先生がおらず、俺はとりあえずベッドに薫を下ろす。先生を呼びに保健室を出ようとすると、薫が俺の体育着の裾を掴んだ。

 「……涼のところに、行くの?」

 薫の声に張りはなく、聞き慣れない。

 「いや、先生を呼びに……」

 裾を強く握り、薫は「ねぇ、昨日の事、涼には言わないで……」と目を潤ませる。「……どうして、こんなことになったのも悩んでたからだろ?」と言っても、薫は「私達の仲でしょ?だから、お願い……」とか細い声で言う。

 「わかったよ、言わないから。ゆっくり休んでろ」

 そう言うと、「どうして、私ばっかり……」と薫の頬に涙が伝う。薫を慰めた後、俺は先生を呼びに保健室出た。先生を連れて保健室に戻ると、薫は身体を起こし、ベッドから出ようとしていた。先生にも安静にするように言われると、薫は大人しくベッドに横になる。俺は急いで涼の元へと向かった。でも、体育館には涼の姿がない。

 (保健室に行ったのか?)

 そう思い、渡り廊下を引き返した時、目の前に涼が立っていた。「どこに居たんだ?」と声をかけると、涼の身体が跳ねる。涼は黙ったまま目を伏せていた。もう一度「涼?」と声をかけ、やっと「……晴真。あ、試合が終わった後に保健室にすぐに向かって。薫の様子見てきた」と涼は言葉を返してくれた。だが、その後の「……すぐに探しに来てくれたの?」という質問に瞬動揺してしまい、涼から目を逸らしてしまった。

 「いや、……本当は涼をすぐに探しに行こうとしたんだけど、保健の先生が保健室に居なくて、呼びに行ったりしてたから」

 涼には薫と何を話していたのか伝えることはできず。どうしても誤魔化したような返事になってしまう。涼は「そっか」と微笑んだ。その後、俺達は薫のいる保健室へと向かう。着いた頃にはちょうど薫が保健室から出てくるところだった。心配で声をかけると、薫は「大丈夫だよ」と微笑む。明らかに無理したような笑顔だった。顔色も先程よりは良くなってきたので、とりあえず、薫を気にかけながら残りの時間を過ごす。俺のクラスはバレーで学校優勝を取ることができ、涼も薫もおめでとうと称賛をくれる。後は何事もなく無事に球技大会を終えることができた。

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