絶対に裏切らない

 修学旅行も終わり、学校が始まる。あと二週間後には期末テストがあり、二学期はあっという間に過ぎていった。その間も俺と涼の関係は何も進まないまま。二学期の終業式の後、バイトを始めた薫は先に帰り、久しぶりに涼と二人きりになった。互いに緊張していて、少しばかり沈黙が続いた。俺は意を決して、涼に話しかける。

 「あの日の言葉の返事、ちゃんと答えたい」

 そう言うと、涼は黙って頷いた。クリスマスに遊ぶ予定も決まり、ホッと胸を撫でおろす。

 (これで俺の本当の想いが伝えられる……)

 

 次の日のクリスマス。待ち合わせ場所の駅に十分じゅっぷんほど早く着いてしまう。まだか、まだかと涼を待つも、緊張で手が震えてくる。何度も、スマホを確認して、映画の時間を確認する。五分後、横から「お待たせ」と声をかけられた。声の方を向くと、マフラーに顔をうずめた姿の涼があった。可愛くて、思わず頬が緩む。俺達は電車に乗り、映画感のある次の駅に降りる。クリスマスだからか、電車は混雑していて涼と身体が近くなる。早く強く鼓動する心臓の音が聞こえてしまいそうなほどだった。電車を降りると、駅から五分ほど歩き、目的の映画館に向かう。手袋を忘れたのか、寒そうに手をこすり合わせている涼。俺はポケットに入れていたカイロを涼に渡した。映画館に着くと、急いでチケットを取りに行く。何の映画を見るのかは伝えていなくて、正直、気に入ってくれるか不安もあった。映画館の入り口で待っている涼の所へ戻り「今、これが流行ってるみたいだからさ、いい?」とチケットを手渡す。

 「大丈夫だよ、ありがとう。楽しみだね!」

 嬉しそうにしている涼を見て、俺は安心した。ポップコーンとジュースを手に、席に着く。俺は緊張しすぎて、ポップコーンを食べる手を止められずにいた。恋愛映画なんて観たことなくて、こんなものかと思っていると。キスシーンのタイミングで涼と目が合ってしまう。急に恥ずかしくなり、直ぐに涼から目線を逸らす。映画館が熱いのか、それとも俺自身の身体が火照っているのか、手で自分の顔を仰ぐ。それは涼も同じようだった。映画が終わると、なぜかお互いに無言のまま。何か話さなくてはと声を出す。すると、タイミングよく涼と声が重なる。思わず笑ってしまった。しばらく笑いのツボにはまり、いつの間にか緊張の糸も解けていた。俺達は映画館を出ると、ファミレスに入る。お腹が空いていたので、軽く注文を取って、涼とは他愛もない話を広げる。その間も、俺はずっとタイミングを伺っていた。いつなら話を切り出せるだろうかと……。話が途切れ、少しの沈黙が生まれる。俺は手を強く握り、意を決して涼に話し始めた。

 「あのさ、告白の返事なんだけど……」

 そう言うと、涼は小さな声で「うん」と頷いた。声が震えないように、手に力を籠める。軽く深呼吸をした後、涼の目を見つめた。

 

 「俺も、涼のことが好き……」

 

 段々と顔が熱くなっていく。中学の頃は何度も告白されたが、自分から告白をするのは初めてだった。心臓が強く早く鼓動する。俺の言葉を聞いた、涼の表情が明るくなった。

 「……でも、でも今は付き合えない」

 そう言った瞬間、涼の表情はまた暗くなっていった。自分でも馬鹿なことを言っているのは分かっている。でも、ちゃんと伝えたかった。好きだという気持ちはちゃんと……。

 「付き合えないって、どういうこと?」

 困惑している姿の涼に言えるのは「……付き合えないけど、これだけは絶対に言える。俺はちゃんと涼が好き」それだけ。涼は俺に理由を聞いてくる。そうでないと納得できないと、真剣な目で。涼に心配をかけるのが嫌で、気を遣われるのが嫌で、本当の事は話さないつもりでいた。ただ、涼の真剣な眼差しを見て、理由を話すことに決めた。

 「……俺、行きたい大学があってさ。俺の母さん、今、病気を患ってるんだ。白血病っていう重い病気に。だから、母さんの為にも良い大学に行って安心させてあげたいんだ。それで良い会社に入って、俺も一人でちゃんと生きていけるって姿を見せたくて。だから、受験に合格するまでは……付き合えない」

 話を聞いた涼は「悩んでたのに気づいてあげられなくてごめんね」と目に涙を浮かべる。涼が自分の事を責めてしまうことは容易に予想できていた。そんな涼に何と声をかければいいのか、俺にはわからない。「心配かけたくなかったから、言えなかったんだ」という言葉をかけることしかできなかった。

 「好きな気持ちはこれから先も変わらない。だから、待っててくれる?告白する、その時まで」

 そんな俺の問いかけに、涼は「はい」と答えてくれた。そのうえ、涼は俺の行きたい大学に一緒に行くと言い出す。俺の力になりたいからと。驚いた半分、嬉しかった。ずっと一人で悩んでいた、あの頃の自分に「大丈夫だ」と声をかけてやりたくなる。食事を済ませると、最寄り駅で涼と別れる。幸せのあまり、人目など気にせずに涼を抱き寄せた。涼も俺の背中に手を回してくれる。たった数秒のこと、それだけで心が温かくなる。身体を離し「じゃあ、また」と言うと、可愛い顔で涼が頷く。帰りたくない気持ちを抑えて、涼に背を向け歩き始める。すると、後ろから俺を呼ぶ涼の声が聞こえる。

 「晴真……っ!……信じていいんだよね?」

 振り返り、誤魔化すことも恥じらうこともなく「もちろん!絶対に裏切らないし、ずっと好きだから!」と笑った。涼は安心した顔で頷く。家に帰っても、気持ち悪いくらいに涼の事ばかりを考えてしまう。

 (……受験にも合格して、絶対に涼に告白する)

 それからというもの、俺と涼は冬休み期間中、何度かデートを重ねた。薫は大学の入学費用を稼ぐためにバイトを増やしていたので、誘っても断られることが多い。涼とデートをしていると必ず出てくるのは薫の話。俺達の事をなんと説明しようか悩んでいた。両想いなのに付き合わないなんて普通に考えたらおかしなこと。薫がそれをすんなり受け入れてくれるかどうか……。

 「……俺が薫に説明しようか?」

 そう聞くと涼は「ううん。私が説明する」と首を横に振り、何の迷いもなく答えた。

 冬休みが明けて、学校初日。薫には「他の友達と帰る」と涼から説明してもらい、俺は先に学校を出た。二人がどんな話をしたのかは、あえて聞かない。次の日、一緒に登校した時も二人は仲良く話していたので大丈夫だと、そう思った。三学期も大きな問題もなく過ぎていき、春休みに入る。三人で大学進学の為に勉強していた時、薫が俺や涼と同じ大学に行くと宣言する。それを否定するつもりは毛頭ない。むしろ、合格したら三人で大学に通えることの方が嬉しい。春休み中は、ただただ勉強する毎日。それでも、楽しい未来しかないと思っているので、苦痛ではなかった。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る