情けない俺

 次の日の朝、高遠は何事もなかったように俺と接してくれる。ありがたいと思う反面、情けない自分に胸が痛んだ。今日は朝からグループでの自由行動。事前に決めた場所に向かって観光タクシーで移動する。俺達が最初に向かったのは琉球村。「なんか懐かしく感じるね……、別に此処で暮らしていたわけでもないのに」と涼は辺りを見回している。涼の言葉に俺は頷いた。古き良き建物はどこにでもある。ただ、ここは何となく懐かしく感じるような雰囲気の場所だった。琉球村を後にして、次に向かったのは雰囲気がガラリと変わる美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジ。建物の中にあるハンバーガー屋でお腹を満たした後、涼と俺と平海の三人で観覧車に乗った。

 「うわっ高いな~」

 そう言いながらも楽しそうにしている平海。涼も外を眺めながら「ほんとだね~。でも、綺麗」と目を輝かせた。正直、観覧車に乗りたかったわけじゃない。もっといえば、俺は高いところは苦手だ。でも、一瞬でも涼の傍から離れたくなかったし、平海と二人きりなんて考えたくもなかった。

 (……めっちゃ、高い。こわっ)

 そう思いながらも、「綺麗だね」と楽しそうにしている涼に「そうだね」と微笑んだ。観覧車を降りると、不機嫌になった薫と笑顔の高遠が入り口で待っていた。薫は何も言わず涼の手を取って、サンセットビーチの方へと歩いていく。「高遠、薫になんか言ったのか?」と聞くと「ううん、別に。俺はただ聞きたいことを聞いてただけ」と高遠は言った。薫達を追いかけるようにサンセットビーチに向かう。着いた先には、綺麗な海が広がっていた。波打ち際ではしゃいでいる時、まるでドラマに描かれる青春の一ページに入り込んだような気分だった。ビーチを満足するまで楽しんだ後は、もう一度、アメリカンビレッジの建物の中に入り、お土産を購入する。日も落ち始めて、最後に向かったのは夜景が綺麗だと言われている謝苅じゃーがる公園。その前に付近のお店で夕食を済ませてから謝苅公園へと向かった。「……綺麗」と呟く薫に「……ほんとだね」と微笑む涼。公園から見える建物の光が星のように輝いて、まるで空を見ているようだった。俺たち以外のグループもこの公園を見に来ているようで、沢山の学生が集まっている。

 「写真撮ろうよ!」

 薫が他のグループの友達に撮影を頼み、綺麗な夜景をバックに写真を撮った。撮った写真を確認している時、他のグループの女子に涼が呼ばれる。涼は「行ってくるね」と言って、俺達の元から離れていった。

 「……あれは、告白だろうな」

 隣で高遠が呟く。途端に、俺の心臓が強く鼓動を始めて、涼を追いかけたい衝動に駆られた。頭の中では嫌な想像ばかりが浮かび、落ち着かない。

 「夏山さんって本当にモテるよな~。逆に今まで告白されない方がおかしいよ」

 「確かにな……」

 「確かにって奨吾だって、本当はモテてるくせに」

 隣で繰り広げられる高遠と平海の会話をただ静かに聞いていた。でも、心臓だけがうるさい。薫を見ると、気にしないようにするためなのか、一人夜景を眺めている。

 「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ……」

 そう言って、薫達の元から離れた。トイレを探すふりして、涼が呼ばれた方へと歩き出す。遠くに涼と同じクラスの男が立っているのが見えた。その付近には男の方のグループメンバーが木の陰で様子を伺っている。俺は少し離れた別の木の陰で二人の話に耳を傾けていた。トイレに行くと言ったのは、ただの口実。ダメだと分かっていながら、俺は感情を抑えられなかった。それに高遠も薫も気づいていると思う。静かな公園に「……俺と付き合ってください」という声が響く。やはり、告白だった。誰もが涼の答えを待っている。もちろん、俺も不安で仕方なかった。

 「……私には好きな人がいるので、ごめんなさい」

 距離が少し遠く聞き取りにくいが、確かにそう答える涼の声が聞こえてくる。

(好きな人……?)

 その場から動けず、立ち尽くす。涼の好きな人……。知らなかった、涼に好きな人がいるなんて。もし、告白を断るための口実なら、それでいい。でも、嘘をつくのが苦手な涼が断るためだけに「好きな人がいる」なんてこと言わないと思う。

 (もしかして俺かな……?)

 なんて馬鹿みたいに期待する自分と。

 (俺以外の奴かな……?)

 なんて胸が苦しくなる自分がいる。

 どちらにしても、俺は涼の「好きな人がいる」という言葉が頭から離れなかった。心を落ち着かせて、薫達の元へ戻ろうとした時、後ろから声をかけられた。振り返ると、そこに立っていたのは涼だった。「は、晴真?どこ行くの?」という涼に「ちょっと、トイレ」と嘘をつく。すると、涼は「もしかして、聞いてたの?」と言った。

 「……その、涼って好きな人、いたんだな。知らなかった」

 動揺が隠せず、慌てて作り笑いを浮かべる。そんな俺のことを、頬を赤く染めて真剣な眼差しで見つめる涼。

 

 「私が好きなのは晴真……っなの……!」


 俺は一瞬、耳を疑った。

 (涼が好きなのは……俺?)

 言葉の意味を理解した時には、「ごめん」と言って涼は走り去ってしまう。

 「涼も俺が好きなのか」

 急いで涼を追いかけようとした。でも、もう一人の俺がそれを許さなかった。追いかけてどうする、追いかけて自分も好きだと言ってどうする?告白しない、付き合わないと決めたのは俺自身だ。涼から好きだと言われて、嬉しい。自分の顔が熱くなっているのもわかる。なのに……追いかけることすらできない。俺は最低だ。

 少し経ってから薫達の元へ戻った。何事もなかったように笑って、遅くなった理由を誤魔化す。俺達はタクシーに乗り、ホテルへ戻る。部屋に入ると「夏山さん、告白どうしたんだろ~」と平海が高遠に聞いた。

 「知らないよ、学校が始まったら分かるだろ」

 「え、自分の好きな人の事だろ?気にならないわけ?」

 「……気になるけど、今は別に」

 二人の会話に、俺は口を挟むことはできなかった。だから、先にお風呂に入り、早めに寝た。修学旅行最終日。何事もなかったように涼に振る舞う。涼もそんな俺を受け止めてくれているようだった。沖縄県立博物館・美術館の見学も、バスの中も、帰りの飛行機の中も。全部いつも通り、友達として涼の隣を歩いた。これが今できる俺の精一杯の行動だった。夕方頃、俺達は学校に着き、学年主任の挨拶の後、各自帰路に就く。涼は迎えが来てるからと先に帰り、俺は薫と一緒に帰えることになった。帰り道、「ねぇ、晴真と涼、なんかあったわけ?」と薫が質問する。「別に、なんもないけど」と答えると、薫は「そう?まぁ、二人が喧嘩なんてしないだろうし……。何となく、涼の様子が変だったからさ」と俺の顔を覗き込んだ。

 「……そっか。涼、体調でも悪かったのかな」

 何も知らないふりをするのは心苦しい。それでも、薫に悟られないよう嘘をつき続けた。薫と解散すると、ひとり考え事をしながら家まで歩く。 その夜も涼の言葉がずっと頭から離れず、全く眠れなかった。

 

 


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