本当の理由
二日目の朝。俺も高遠も平海も寝すぎてしまったようで、慌ててベッドから起き上がり、身支度を済ませる。髪をセットする暇もなく、寝起きの状態から軽く整えた程度で朝食の会場に向かう。朝食は起きてきた順番に食べ始める。最後の方だった俺達は急いで朝食を済ませた。集合場所のホテル前では先に涼達が待っている。髪をセットしてない姿を涼に見せるのは少し恥ずかしい。でも、馬鹿にしてくる薫とは反対に、涼は「似合ってるよ」と褒めてくれた。たった一言、それだけで俺は思わず頬が緩みそうになる。最初の見学場所である首里城には胸が躍る。ずっと眺めていたいほど心奪われた。見学が終わると、その付近で昼食を済ませる。集合時間になり、バスに乗り込むと次に向かうのはクラス全員が待ちわびていた美ら海水族館。着いた途端、バスを降りて楽しそうにはしゃいぐ涼と薫。その姿を見ながら、後ろからついていく。水族館には誰もが立ち止まらずにいられないほど大きな水槽の中をジンベイザメが泳ぐ。涼と薫はガラスに張り付くように眺めていた。同じように少し離れた所から水槽を眺めていると、高遠が「なぁ……」と話しかけてくる。
「なに?」
そう聞くが、「あ、いやなんでもない。……今はいいや」と高遠は首を振った。いつかは話してくれるだろうと思っているので、特に気に留めず、ただ優雅に泳ぐジンベイザメを眺めていた。前の方を見ると、薫がひとりで先を歩いていってしまう。そんな薫を涼は追いかける。涼に駆け寄ろうと歩みを早めるが、隣に居たはずの高遠と平海がすでに涼の隣を歩いていた。俺は追いかけず……後ろから、その様子を見ていた。一年前……、涼は俺に男の子と話すのが苦手だと話してくれた。だから、俺と話せること自体に驚いていると目を丸くして言った。それはまるで、俺が『特別』だと言われているような気がして嬉しかったのを覚えている。でも、高遠達と普通に話している涼を見ると、別に特別なんかじゃなかった……そう思ってしまう。俺が本を好きだったから、同じ図書員だったから。もしも、俺が本なんて読まなく、図書委員でもなかったら……涼は他の奴と笑い合っていたのだろう。
(告白すらしないやつが、嫉妬なんて、馬鹿みたいだな……)
それでも募った想いは抑えられない。俺は高遠と涼の間にわざと入り込む。涼には薫を追いかけるように言い、二人を離した。薫と合流した涼が振り返ると、手を振り微笑む。
「結城はいいよな……」
そんな俺に、隣で高遠が呟く。俺は何も言わず、涼達に合流した。俺達はお土産コーナーで買い物を済ませると、終了時間になり、バスへ乗り込む。ホテルに戻ると、夕食を食べて部屋へ戻った。今日は俺よりも先に平海が風呂に入った。その間、二人きりになった俺と高遠は一言も言葉を交わさない。平海が出てくると、先に俺が風呂に入り、その後に高遠が風呂に入った。高遠が風呂から出てきたときには疲れていたのか、平海は先に眠ってしまっていた。どこか重い空気の中、先に口を開いたのは高遠だった。
「水族館で聞こうと思ったこと、聞いていい?」
高遠は明日の準備をしながら落ち着いた声で話す。「あぁ」と頷くと、高遠は「グループに誘った本当に意味を聞かせてほしい。結城は気づいてたんだろ?俺が夏山さんを好きな事。」と言った。
「……あ。そう、だな」
「で、結城も夏山さんが好きなんだろ?なんで、ライバルの俺をグループに誘った?」
高遠は真剣な目で俺を見つめる。思わず俺は目を伏せてしまった。高校一年の秋ごろ、席替えで高遠は涼の隣になり、俺の後ろの席になった。その時から高遠が涼に好意的な目を向けていることはなんとなく気づいていた。それが今の今まで続いていることも。だから、高遠を警戒していた。
「……確かに俺は涼が好きだよ。でも、告白するつもりはない」
そう答えると「はぁ?なんでだよ」と高遠が大きな声を出す。平海が起きなかったのが救いだった。これで、平海が起きてしまったら面倒なことになる。「大学受験に合格するまでは気持ちを伝えるつもりはない」と断言する俺に「なんで?だって夏山さんも……」と高遠は困った表情を浮かべる。涼が俺を嫌いじゃないことはわかる。でも、それが友達としてなのか、恋愛対象としてなのか、俺には分からない。俺に初めてできた女友達も涼で、涼に初めてできた男友達も俺。俺は涼を好きでも、涼は俺を友達として好きなのかもしれない。だから……。
「……もしも涼に彼氏ができるなら高遠が良いと思って」
必死に作り笑顔を浮かべる俺に「言ってる意味が俺には理解できない」と言う高遠。
「もしも、涼が俺を好きだとして。何度も言ってるけど、告白はしない。決めたことだし、涼の為にもできない」
「だからって……」
「俺が告白しない間に、涼が他の誰かに告白されて付き合うとしたら。涼の男友達としても高遠がいいと思ったんだよ」
困った表情で「……結城はそれでいいのかよ」と高遠は呟く。
「……本当は嫌だよ。嫌に決まってるだろ」
高遠に説明しようとしても上手く言葉にできない。ただ、自分勝手で我儘で男として情けないことくらい理解している。
「なら……それなら俺も告白しない。俺はズルい真似するほど馬鹿じゃない」
高遠の目は本気だった。「どうして!?」と聞くと、高遠は「スポーツでも勉強でも、俺は自分の力以外に頼りたくはない。特に恋愛においてはね」と言った。その言葉を聞いて、余計に自分自身が情けなくなる。自然に出てきた「……ごめん」の一言。「何で謝るんだよ。……ただ、俺をグループに誘ってくれたことは感謝してるよ」と高遠は俺に優しく微笑んだ。
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