不安と恋

 それから夏休みが明けるまで、不安に押しつぶされて、眠れない夜が続いた。不安なのは父もきっと同じ。だからこそ、相談できなくて。涼や薫に話そうと考えてみたものの、心配をかけるのが嫌で言えなかった。

 

 どうにか気持ちを切り替えて、二学期を迎える。二学期は文化祭や修学旅行と、イベントが詰まっている。まずは文化祭が先にあるのだが、出し物を決める時も、誰がどの役割につくか決める時も、俺は上の空だった。出し物はパンケーキカフェに決まり、役割も勝手にホールにされたけど、反対はしない。正直、どうでもよかったから。文化祭までの約二ヵ月間、涼も薫も楽しそうに準備を進めていた。家に帰ると気持ちが暗くなるから、学校だけでも楽しもうと心を切り替えるけど……。それでも時々、母さんの事を考えると居ても立っても居られないほど辛くなった。でも、そんな時に涼の笑顔で救われていた。唯一、心が落ち着いていられるのは涼の傍にいる時だった。文化祭前日の放課後。薫が買い出しに行っている間、教室には俺と涼の二人だけ。俺達は残りの準備をしながら薫を待っていた。

 「なぁ……」

 静かな教室の中、俺は涼に話しかける。

 「あのさ……、明日なんだけど。……時間が合えば、一緒に文化祭まわらない?」

 自分から誘うのは初めてのことで、鼓動が強く速くなる。涼は丸くした目で俺を見つめた。薫の事で悩む涼に「バレないように二人で抜け出そうよ」と言った。それでも、涼は悩んでいる様子だった。「薫も一緒がいいか……」と呟くと、涼は赤らめた顔で「二人で回りたい」と言う。それを聞けて、胸を撫でおろす。決まったはいいものの、まだ薫の事を気にしているようなので、「これ、見て」と今日配られた明日の時間シフトを涼に見せた。一時間だけ、薫は仕事、俺と涼は休憩の所がある。それを知っていたからこそ、涼を誘った。

 (まぁ、合わなくても一緒に回るつもりではいたけど……)

 嬉しそうに笑う涼に思わず俺も釣られてしまう。俺達が話していると、教室の扉が勢いよく開き、「お待たせ~!さ、帰ろう!」と薫が入ってきた。


 文化祭当日。

 黄色い声を上げる女達に俺はうんざりしていた。かといって、サボれない。必死に作り笑いを浮かべて、休憩に入るまで耐えた。一回目の休憩は涼とも薫とも被らないので、人に見つからないように図書室へと向かう。騒がしい教室とは反対に図書室には人が居らず、静かだった。

 「あの男の子……どこに行っちゃったんだろう」

 図書室前の廊下で俺を探す女達の声が聞こえてくる。少し経つと図書室の扉が開き、叔母さんが入ってきた。

 「あら、文化祭だっていうのに、ここに居たの!?」

 叔母さんは目を丸くして俺を見る。

 「別に、文化祭なんて興味ないし……」

 そう呟くと、叔母さんは「あら、そう。夏山さんとは回らないの?」と聞いてきた。「……え、あ、回るけど」と答える俺を見ながら「良かったじゃない」と楽しそうに笑う叔母さん。でも、笑い声が静まると、「お姉ちゃんの体調はどう……?」という叔母さんの一言で図書室に重たい空気が流れ始めた。母さんは抗がん剤での治療が始まった。お見舞いに行くたびに細くなっていく身体を見るのは辛い。「頑張って治療してます……」と拳を強く握る俺に、叔母さんは「ごめんね、お見舞いに行ってあげられなくて……。私、家族が辛そうにしてるのは見ていられないから」と辛そうな表情を浮かべる。

 「そうですよね……、今度お見舞いに行ったときに叔母さんが応援してること話すよ。きっと母さんも喜ぶはず」

 叔母さんと俺との間に沈黙が流れる。先に口を開いたのは叔母さんだった。

 「あの部屋、開けとくから休憩が終わったら、私に鍵を渡しに来て」

 そう言って、叔母さんは図書室を出て行く。俺は秘密の部屋で本も読まず、小窓から文化祭の外の様子を眺めていた。短い休憩時間が終わり、教室へ戻る。涼と薫は休憩に入ったようで教室にはいない。

 「結城君、早く手伝って~」

 クラスの女子に声をかけられた俺は二回目の休憩まで仕事を始めた。ようやく休憩に入ることができ、腰からエプロンを取り、棚にしまう。教室を足早に出ると、涼が俺を見ながら困った表情で立ち尽くしていた。俺の周りに休憩を狙って群がってくる女が沢山いる。甘えたような声で「一緒に回ろ~」とか「いいでしょ~?」と話しかけてくる。全員を無視して、俺は涼の腕を掴んだ。「ほら、行くぞ」と声をかけて、やっと涼は歩き始める。それでも、後ろを見ては心配そうにしている。

 「気にすんな。俺達は……友達、なんだから、一緒に回ることくらい普通だろ」

 「……そ、そうだよね」

 隣を歩く涼はどこか不安そうな顔をしている。

 「じゃあ、一緒に回るのやめる?」

 わざと怒ったふりをして涼に聞くと、やめないと答えてくれた。こうでもしないと、涼はずっと楽しめないまま俺と一緒にいることになってしまう。そう思った。俺達はステージ発表を見に行ったり、他のクラスの出し物であるお化け屋敷に入ってみたりと、少ない一時間を満喫する。本当はもう少し二人きりが良かったけど、そういうわけにもいかず……。薫にバレないように別々のタイミングで教室に戻り、薫と合流してから三人で校舎を回った。午後四時を過ぎ、一般のお客さんは一斉に学校を出て行く。全校生徒もクラスの出し物の片づけに入り、三分の二が終わった頃には午後五時を過ぎていた。担任の先生の声掛けで帰ることとなり、俺達は学校を後にした。


 





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