暑い夏祭り
だらけた日々を送り続けて、やっと迎えた夏祭り当日。普段は気にもしない髪型も念入りに確かめて、クローゼットの中から一番無難でカッコいい服を取り出し、着替える。待ち合わせ場所は最寄り駅の前。待ち合わせ時間よりも十分以上も早く着いてしまった。二人が来るまでの間、胸が騒いで落ち着かない。五分ほど経った頃、「お、お待たせ」と後ろから声が聞こえてきた。不意に声をかけられて思わず驚いてしまう。振り返ると浴衣姿の夏山が居た。夏山から櫻井が遅くなると聞いて、心拍数が上がる。心臓の音が聞こえるんじゃないかと思うくらいに激しく鼓動している。俺と夏山は先に夏祭り会場に向かって歩き出した。初めて学校以外で夏山に会っているからか緊張で言葉が出てこない。何を話せばいいのか悩んだ結果、当たり障りのないようなことしか言えなかった。夏山の浴衣に目を向け「似合ってるね」なんて言ってみる。隣を歩く夏山を見ると、耳が赤く照れているようだった。その姿を見て、なぜか緊張の糸が解けて普段通りに話しかけられるようになった。会場付近に着くと、溢れた人に流されて夏山とはぐれてしまいそうになる。俺達は一旦、櫻井が来るまで近くの公園で休憩することにした。公園に着くまで、隣を歩く夏山が時々足元を見ているのに気が付く。気になって夏山の足元を見ると指が赤くなっている。公園に着くと、ベンチに座る夏山に「ちょっとコンビニに行ってくるわ」と声をかけ、絆創膏を買うために一人でコンビニへと向かった。絆創膏を買って戻ろうとした時、タイミングよく櫻井に会う。浴衣を着ている櫻井を周囲の男子が横目で見ている。ふいに「櫻井って美人なのにもったいないよな~」と呟くと、櫻井にも聞こえていたようで「はぁ?どこがよ」とを膨らませる。「性格含めて全部」と答えると、櫻井は「そっちだって変わらないと思うけど」と言って俺を睨みつけた。櫻井とくだらない言い合いをしながら、夏山が待つ公園へと向かう。公園の入り口、櫻井は夏山を見つけると一直線に走っていった。俺も櫻井の後ろをついていく。「これ、使って」と絆創膏をコンビニの袋から取り出すと、夏山は目を丸くする。だが、すぐに櫻井が俺から絆創膏を取り上げた。俺を無視して夏山に絆創膏を貼ってあげている櫻井。手柄を取られたみたいで不服だったが、夏山が喜んでくれたの良しとした。ようやく三人揃ったので、急いで夏祭り会場へと戻る。沢山の屋台が並んでいるが、どれを買うか全く決まらず、何周も歩き回った。俺がスマホのアプリにあったルーレットで決めることを提案すると、二人は目を輝かせる。いざルーレットを回すと、どれも食べたいものとは違うようで……。結局、すぐ近くにあった「たこ焼き屋」でひとまずお腹を満たす。その後は満腹になるまで食べたいものを食べた。屋台を満喫していると、花火の開始時刻が迫る。俺は下調べしていた花火の穴場スポットに、二人を連れていく。歩いていると、櫻井が俺の服を掴み動こうとしない。早くしないと花火が始まってしまうので、仕方なく櫻井を引っ張りながら連れて行った。途中、どこか暗い表情を浮かべていた夏山も、穴場に着くと可愛らしくはしゃいでいたので、俺は胸を撫でおろす。見やすい場所を探して、櫻井が持っきた小さなビニールシートに三人で座る。座る位置は夏山が真ん中で挟むように俺と櫻井。花火が始まると、静かな空に大きな音が響き渡る。煌めく花火に見惚れてしまう。そんな中、俺はバレないように夏山の横顔を見ていた……。空に打ちあがる綺麗な花火も劣るほどに、隣で花火を眺めている夏山の方が綺麗だった。すると、タイミング悪く夏山と目が合ってしまう。恥ずかしくなり、思わず目を逸らした。早くなる鼓動を抑えるため軽く深呼吸。そして、花火を見ながら「綺麗だな……」なんて何事もなかったように呟く。本当は、夏山が座っている左側から湧き上がる熱で、あまり花火に集中できなかった。花火が終わると、赤くなっている耳を隠しながら夏山が立ち上がる。夏山が足元にあった石に躓いて倒れそうになり、俺は咄嗟に身体を支えた。夏山の身体から俺の手に熱が伝わり、鼓動が早くなっていく。何事もないような顔をしているが、内心は物凄く動揺していた。俺達は夏祭りの会場を後にして帰路に就く。静かな住宅街に櫻井と夏山の下駄の音が響く。静かな空気を変えたのは櫻井だった。唯一、課題が終わっていない櫻井が「勉強を教えて」と夏山を見つめる。夏山がわかったと頷くのは予想していたが、まさか俺も参加することになるとは……。それも明日、夏山の家で。嬉しいような、面倒くさいような、複雑な気持ちになった。
家に帰ると、俺は夏山にメッセージを送る。少し経つと夏山からも返信が来て、それから十分程度メッセージでやり取りをする。今日の帰り、櫻井が俺を晴真と下の名前で呼んでくれたおかげで、夏山ともう少し距離を詰めるきっかけができた。少し強引だけど、お互いに下の名前で呼ぶように提案してみる。夏山は恥ずかしがっているが、俺が粘りに粘って勝つ。やり取りが終わり、真っ黒になった画面に写るのは嬉しそうな表情を浮かべる俺の顔。思わず、スマホをベッドの上に投げ捨ててしまった。顔に出るくらい、こんなにも人を好きになったのは初めてだった。
(これが青春か……)
なんて馬鹿なことを考えながら、俺は投げ捨てたスマホを手に取り、先程のやり取りを見返していた。
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