一目惚れ
時間の流れは早く、楽しみにしていた図書室当番も一学期はこれで最後になってしまった。いつも通り、夏山さんよりも早く図書室に向かう。叔母さんに秘密の部屋の鍵を開けてもらい、机の上に持ってきていた本を置く。「なんか、最近やけに楽しそうにしてるわね?」と微笑む叔母さん。「……え?そうですか?」と聞いても、叔母さんは何も言わず、図書室を出て行ってしまった。確かに、図書室当番は夏山さんの百面相が見られるので楽しみだけど……。まさか、顔に出ているとは。少し恥ずかしくなり、お気に入りの本を読んで気を紛らわした。今日は部屋に入ってすぐに、図書室の扉が開く音と、叔母さんと夏山さんの声が聞こてくる。俺は気にせず、続けて本を読み進める。すると、いつもは受付から動くことのない夏山さんが鼻歌を歌いながら、図書室を歩いている音が聞こえてくる。それは段々と俺のいる秘密の部屋へと近づいてきて、扉の前で止まった。……そっと扉の開く音がする。振り返って声をかけようとすると、夏山さんは慌てて扉を閉めようとした。閉まる扉を強引に開け、知っていたくせして「なんだ、夏山さんか」と言う。俺を見て、驚いた様子の夏山さん。その姿を見た俺は思わず笑いそうになった。
「何でここに……?」
そう言って首をかしげる夏山さんに図書委員だと明かすと……。困った表情をしたかと思えば、顔が赤くなり照れたような表情を浮かべる。初めて、近くで見る夏山さんの百面相。その姿はどうも愛おしく感じてしまう。夏山さんをからかうように話しかけると、顔を赤くして逃げようとする。俺は咄嗟に夏山さんの腕を掴んで謝った。少し怒った顔の夏山さんは可愛く見えて、他の女子とは違う何かを感じた。いや、何かを感じたのではなくて、はっきりと自覚したんだ。
俺は夏山さんが好きなんだと……。
一目惚れなんて信じていなかった。自分がするとも思っていなかった。でも、もしかしたら……あの日、桜吹雪の中ではしゃぐ夏山さんを綺麗だと思った時点でどこか惹かれていたのかもしれない。それを一目惚れと呼ぶのなら、俺は紛れもなく夏山さんに一目惚れをしたんだ。いつも教室では大人しい夏山さんだけど、話すと意外にも明るくて元気な女の子だった。他の女みたいに媚びた話し方はしないし、俺はそれが嬉しかった。話が途切れて沈黙が流れる。どんな話題で話そうか悩んでいると、図書室の扉の開く音が聞こえてくる。夏山さんが慌てて受付に戻ろうとするので、思わず腕を掴み引き留めてしまった。夏山さんの耳元で「この部屋、好きに使っていいよ」なんて言ってしまう俺。考える前に、咄嗟に出てきた言葉だった。本当は誰にも知られずに俺だけの特別な場所にしようと思っていたのに。恋心に気づいてしまった俺は[二人だけの秘密]に魅力を感じてしまったのだ。小さく頷いて離れていく夏山さん。俺は赤くなる頬を隠すように扉を閉めて、本の続きを読み始める。内容なんて全く頭の中に入ってこない。その日は、寝る前まで雲の上にいるような浮ついた気持ちのまま過ごした。
次の日、俺は初めて夏山さんに「おはよう」と話しかけた。昨日みたいに強引じゃなくて、夏山さんに少しずつ俺の事を知ってほしい。だから、最初は挨拶から始めようと決めた。多分、俺の挨拶は聞こえていたはず……。でも、無視されてしまった。勇気を出して「何で無視するの?夏山さん」と夏山さんの顔を覗き込む。すると、小さく「おはよう」と返してくれた。その顔は赤く照れているようで、可愛かった。それから、俺は毎日のように「おはよう」と夏山さんに挨拶を続けた。まだ距離を詰めるには早いと思っていたので、今は挨拶だけ。最初は戸惑っていた夏山さんだったけど、一学期が終わるころには戸惑いもなく挨拶してくれるようになった。夏休みは特に予定もなく、いつの間に過ぎていった。そして、待ちに待った二学期を迎える。
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