〈過去〉結城 晴真

不思議な女の子

 中学生の頃から、容姿が良いからと騒がれた。黄色い声がうるさくて、耳障りで仕方がなかった。どうせ高校に入ってからも俺の容姿ばかりが注目を浴びて、中身を見てくれる人なんていないだろうと思っていたんだ。


 桜並木の中、俺は学校に足を踏み入れる。自意識過剰なのだろうか、沢山の人が俺の事を見てはコソコソと話し始める。

 (……早く帰りたい)

 そんなことを考えていると入学式が始まる。終わっても、教室で担任の話を聞くだけ。どれもこれもつまらない。やっと帰れるようになり、校内の廊下を一人歩いていた。

 「あら、もう帰るの?」

 後ろから聞こえてきた女性の声。振り返ると、そこには高校の司書である叔母さんが立っていた。

 「なんだ、叔母さんか……。別に話す友達もいないですし」

 中学校の時、ずっと仲の良かった友達に嫌われた。別に俺は何もしていない。俺がモテているのが気に食わなかったようで、陰で悪口を言われていた。その時はショックだったけど、時間が経つにつれてどうでもよくなった。所詮、その程度の友達だったのだと。何もかもに不貞腐れている俺に、叔母さんは「高校では仲の良い子ができるといいわね。彼女とか」と優しく微笑み、横を通り過ぎていく。友達も彼女も別に必要ない。高校生活なんて、適当に過ごして時間が経つのを待っていればいい。

 廊下の窓から見える桜吹雪……。

 その中にひときわ目立つような綺麗な女の子が友達とはしゃいでいる。「……綺麗だな」と思わず声が漏れた。でも、すぐに我に返り「どうせ、見た目だけだろうけど……」と呟いた。

 学校生活は予想通り、つまらなかった。俺に近づいてくる女も男も、下心ばかり。教室は俺にとって最悪な場所だった。でも唯一、隣の席の女の子だけが俺に興味がなさそうだった。友達と話しているときは笑顔なのに、他のクラスメイトと話すときは大人しく黙り込んでいる。授業中にペアになっても、俺の目を見ようともせず黙々と授業に取り組んでいる。顔をよく見てみると、どこか見覚えがあるような気がした。

 (……あ、あの時の)

 隣の席の女の子は桜吹雪の中で、はしゃいでいた子だった。容姿は整っていて綺麗なのに、彼女はなぜか静かで大人しい。普通だったら、容姿の溺れて色目ばかりを使ってくるはず。中学の同級生はそんな女ばかりだったから。

 「……これ、落ちてたよ」

 そう言って落ちていたハンカチを拾って渡すと、彼女は目を伏せながら「ありがとうございます」と呟く。俺の事が嫌いなのかと思う程、目を合わせない。でも、友達が来ると「薫、今日ね!」と笑顔になる。周りにいないタイプだったからか、不思議と彼女を見てしまう。

 「涼は本当に甘いものが好きだよね~」

 彼女の友達の話を聞いて、初めて名前を知った。学校初日の自己紹介なんて、まともに聞いていなかったから。

 

 俺に一切の興味を示さない彼女の名前は夏山涼という。ある日から、俺の中で彼女の存在は少しずつ膨らんでいった。

 同級生の女子に興味を持ったのは、俺にとって初めての事だった……。


 四月の下旬頃、クラスで委員会決めがあった。その日、隣の席の夏山さんは欠席しているようだった。俺は誰も手を挙げていない、叔母さんがいる図書委員に決める。仕事も少ないし、図書室は静かで校内で一番好きな場所だ。俺の委員会が決まると、クラスの女子は一斉に図書委員に手を挙げる。その時だった。夏山さんと常に一緒にいる女の子が手を挙げて、発言する。

 (名前……確か、櫻井薫だっけ)

 櫻井さんも夏山さんと同様、クラスの中でも容姿端麗な人だ。だからか、手を挙げていた女子が一斉に櫻井さんの方を見る。「あの、今日は欠席してる涼を図書委員に推薦してもいいですか?」と櫻井さんが言うと、担任は「何か理由はあるのか?」と聞いた。

 「涼は中学の時も図書委員でした。なので、図書の仕事は他の人に比べて分かるかと……、それと本が好きな人が図書委員になった方がいいと思います」

 櫻井さんの言葉に、担任は頷き、手を挙げていたクラスの女子に「夏山が図書委員でいいか」と尋ねる。手を挙げた中に本好きはいないようで、みんな仕方なく手を下ろし、頷く。櫻井さんは「ありがとうございます」と軽く頭を下げていた。

 (他の女子になるよりかは夏山さんの方がマシか……)

 その日、委員会の集まりがあり、夏山さんの分まで説明用紙を貰い、机の上に置いておいた。それから数日後、初めての図書室当番を迎える。放課後になると、夏山さんよりも先に図書室へと向かった。図書室の当番なんて貸し借りの管理や時間になるまで暇を持て余しているだけ。「これ鍵。ちゃんと返してね」と、叔母さんに図書室の奥にある部屋の鍵を貸してもらう。人が来たら受付に出ればいいやと考えていたので、それまでは秘密の部屋で本を読みながら待つことにした。これも、甥の特権だなと俺は思う。少し経つと図書室の扉が開く音が聞こえてくる。俺は部屋の扉を少し開けて覗く。図書室に入ってきたのは夏山さんだった。

 (これで、仕事しなくても済むな)

 なんて最低なことを考えながら、手元の本に目を向けた。夏山さんの様子を伺いながら暇つぶしに本を読む。それから、少し時間が経った頃、受付の方から鼻歌が聞こえてくる。そっと扉を開けて見てみると……。受付にいる夏山さんが、鼻歌を歌いながら楽しげに本を読んでいる。

 (……楽しそうだな)

 思わず声に出して笑いそうになるも、必死にこらえる。終わりの時間がを来るまで、夏山さんの様子を見ながら本を読むのは少し楽しかった。夏山さんは本を読みながらコロコロと表情を変える。どんなシーンを読んでいるのか、どんな気持ちで読んでいるのか、見ていて全く飽きない。いつも俺の前では大人しいのに、たった本一冊で色々な表情の夏山さんを見ることができるとは思わなかった。それからは図書当番の日が待ち遠しくて(早く、当番の日にならないかな……)なんて、少しだけ学校へ行くのが楽しみになっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る