〈現代〉結城 晴真

嘘じゃない、本当の気持ち

 高校卒業して以来、ずっと涼に会って謝りたかった。何度も何度も涼の家に行っては会えないまま帰宅する。その度に泣いていた気がする。

 カフェに入ってから、涼は俺と全く目を合わせてくれず、目の前に置かれたアイスコーヒーを見つめている。

 「ごめん……、あの時はごめん。まず謝りたいんだ」

 俺は息を呑み、声が震えないように身体に力を入れる。でも、俺の言葉に涼は薄い反応だった。

 「……そう」

 たった一言だけ。諦めずに「あの日の事、涼は誤解してる」とはっきり言った。俺は何も間違ったことは言っていない。

 「……何を誤解してるって言うの?じゃあ、私が二人の姿はなんだっていうの!」

 小さい声ながらも感情のこもった言葉を俺に投げつける涼。誤解を解くチャンスは今日だけかもしれない。だから、ちゃんと誤解を解きたい。

 「あの日、涼は俺達がキスしてるって思ったんだろ……?」

 そう言うと、涼は黙ったまま唇を強くかみしめる。

 「俺達はキスなんてしてない」

 「……うそでしょ?」

 睨みつける涼の目をじっと見つめ「嘘じゃない」と低い声で言った。その瞬間、涼の目が潤んでいく。

 「……じゃあ、どうして。どうして……私を追いかけてこなかったの。キスしてないなら、誤解なら、なんで追いかけて説明してくれなかったの」

 涼の震えた声を聞いて、胸が締め付けられる。どうして、こんなにも悲しげな瞳にさせてしまったのだろう。どうして、涼を泣かせるようなことをしてしまったんだろう。もう、過去には戻れない……。だから、俺は涼を追いかけなかった理由を嘘ひとつなく話し始めた。

 「あの日、涼が走っていった後。薫が過呼吸を起こしたんだ。多分、パニックになったんだと思う」

 あの日の事を忘れるわけもなく、はっきりと覚えている。

 「……キスしてたのがバレたから過呼吸になったんでしょ」

 涼の言葉は酷く冷たかった。そうさせてしまったのは俺だから仕方ない。

 「違う。あの時、薫と涼の事を話してたんだ」

 俺は薫と話してた内容を全て明かした。薫はずっと涼の事を心配していた。その原因は俺。あの日、両想いなのに付き合わないなんて変だ、涼の気持ちも考えてほしいと薫に責められていた。その時、俺と薫の距離は確かに少し近かった。でも、友達同士の距離だし何も問題ない。俺達が話していると、タイミング悪く校門の方から部活中の野球部が走ってくる。野球部の一人とぶつかってしまった薫が俺の方に倒れ込んできたので、薫を支えるように肩を掴んで抑えていた。そこを涼に見られてしまった……。本当はすぐにでも追いかけて、誤解を解きたかった。何もないと、好きなのは涼だけだと……。話を聞いた涼は目を泳がせる。そして、俯いてしまった。「もっと、早く涼に誤解を解けばよかったんだ、本当にごめん……」と謝っても、涼は黙ったまま俯いている。すぐに誤解を解かなかったのは、俺が涼に甘えていたから。涼なら説明すれば分かってくれると、そう甘えていた。何ひとつ涼の気持ちを考えていなかった。

 「ごめん……」

 謝ることしかできない俺に、涼は俯いていた顔を上げて「……私の事、本当に好きだった?」と言った。涙も震える声も必死にこらえて、潤んだ目で涼は俺を見る。涼から目を逸らさず、深く頷く。

 「……本当に?」

 何度、疑われようとこれだけは絶対に言える。

 「本当だ。これだけは絶対に嘘じゃない。俺は高校1年の時から涼が好きだったんだ」


 高校1年の春……。

 俺が一目惚れしたのはクラスで一番美人と言われる静かな女の子だった。

 それは間違いなく一目惚れで、間違いなく惚れていたんだ。

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