黒い靄
三年の一学期も後半に差し掛かる。私達は初めて別々のクラスで球技大会に参加する。薫は一年生の時からバレーに出場、それは私も同じ。まさか、ずっと同じチームだった薫とバレーで試合することになるとは思いもしなかった。晴真は、今までバスケットボールに出場していたけれど、今年はバレーボールに出場する。理由を聞くと「え?ダメかな?涼と一緒に練習できると思ったからさ」と真っすぐな目で答えた。思わず、私の頬が赤くなる。そんな私を見て晴真は微笑んでいた。
球技大会の当日。薫の顔色が少し悪い。「大丈夫?体調悪そうだけど」と聞くけど、薫は「大丈夫だよ」と微笑む。口では大丈夫だと言っているけれど、私も晴真も薫が心配だった。球技大会が始まると、それぞれの試合開始まで三人で別の競技を見て時間を潰していた。最初に試合があったのは晴真。相変わらず、女子からはモテモテで黄色い歓声が体育館中に響き渡る。「はぁーあ。ほんとにモテモテだよね~晴真は」と呟く薫に、私は頷く。でも、薫は「ま、でも心配はいらないでしょ?見てみ、晴真を」と言う。言われた通り晴真の方を見ると、私達を見て手を振っている。恥ずかしくなったけど、晴真に小さく手を振り返した。隣で座っている薫はトイレに行ってくると立ち上がる。私は薫が戻るまで晴真の試合を眺めていた。少し経つと薫が戻ってきて、隣に座る。薫の顔色は先程よりも悪くなっているような気がした。心配で声をかけても「大丈夫、昨日勉強しすぎて寝不足になってるだけだから」と薫は笑う。晴真の試合が終わると、次は私と薫の試合だ。くじ引きで決められた試合相手は、偶然にも薫のクラス。「負けないからね」と互いに言い合うと、それぞれのコートでメンバーと練習を始める。ボールの音が体育館中に響き渡る中、ドンっと地面に何かが落ちたような鈍い音がした。私は薫の方を見る。すると、床に座り込んでしまっている薫の姿があった。練習をやめて薫の方へ駆け寄ろうとすると、先に晴真が薫の傍へ駆け寄っていく。
「薫……?大丈夫か?」
薫に声をかける晴真の声が聞こえる。そして、晴真は私の方を見ることもなく、薫を抱えて体育館を出て行ってしまった。その様子を見た他の生徒達がざわつく。見ていた後輩達は「あの二人って付き合ってるのかな」と話し始めた。遠く離れていく二人を見て、胸に針が刺さったような痛みが走る。薫と晴真は友達……だから、心配するのも付き添うのも当たり前。分かっていても、私の中で黒い靄のようなものが湧き上がってくる。立ち尽くしていると、「試合始まるよ」とメンバーに話しかけられる。晴れぬ靄を抱えたまま、薫と晴真のいない体育館で試合が始まった。試合が終わり、周りを見渡しても晴真と薫の姿はない。試合に勝てたけれど、今の私にはそんな事どうでもよかった。でも、勝った私のクラスは10分程度の休憩をはさんでから、直ぐに別のクラスとの試合がある。そのせいで、私は二人を探すことができないまま体育館に残った。気を遣ってバレーメンバーが話しかけてくれるが、上の空の私は愛想笑いしかできない。休憩中も二人が戻ってくることはなく、二試合目が始まった。二試合目では何度かミスをしてしまい、試合に負ける。私は「薫の様子を見てくる」と言って、すぐに体育館から離れ、薫がいるであろう保健室へ向かう。その途中、薫が心配な反面、黒い靄が私の行動を邪魔しようとする。保健室に着くと、中には先生がいて、ベッドの上には薫が寝ていた。「失礼します」と先生に頭を下げて、薫の傍に行く。「私は出ているから、ゆっくりしていいわよ」と先生が保健室を出て行き、私は薫に声をかけた。
「大丈夫?」
横になっている薫が「心配かけてごめんね」と微笑む。そして、ベッドから身体を起こした。「朝から顔色悪かったし、無理しないで良かったのに」と言うと、薫は「だって……心配かけたくないし」と小さな声で言う。
「し、親友なんだから心配くらいさせて」
そう言うと、薫は「……本当にごめんね」と謝った。顔色は最初よりも良くなっているみたいで、薫自身も落ち着いている。「ううん、これからは本当に無理しないで。大学の勉強は大変かもしれないけど、まず体の方が大事だよ」と話すと、薫は頷いた。少し落ち込んだ様子の薫を、いつもの私だったら優しく抱きしめている。だけど、なぜか今はできなかった。自分でも戸惑う程に……。保健室に沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは薫だった。
「……晴真なら、涼を探しにさっき出て行ったよ」
薫は私の顔を見ようともしない。
「気になっているんでしょ、晴真の事。……ごめんね、私がこんなことにならなければ」
初めてだった、薫の言葉が冷たく感じたのは。「……涼が体育館に居なくて晴真も困ってるだろうし。早く行ってあげな」と言う薫に、戸惑う私。すると、「私は大丈夫だから」と薫は微笑んだ。「また戻ってくるから安静にしててね」と言うと、私はすぐに保健室を出る。もしかしたら体育館にいるかもしれないので、まずは体育館の方へと歩き出す。心臓が強く鼓動している。怖い……晴真に会うのが少し怖い。体育館の渡り廊下を歩いているとき、晴真を見つけた。私に気づいた晴真が「涼、どこに居たの?」と駆け寄ってくる。上手く言葉が出てこない。心の黒い靄が私を邪魔する。黙ったままの私に、「涼……?」と顔を覗き込んでくる晴真。私は我に返り「…晴真。あ、試合が終わった後に保健室にすぐに向かって。薫の様子見てきた」と話す。すると、晴真は「そうだったんだ。だから会えなかったんだ、良かった見つけられて」と溜め息をついた。「……すぐに探しに来てくれたの?」と聞くと、晴真の目が一瞬だけ泳ぎ、私から目線を逸らした。でも、すぐに目線を戻して「……本当は涼をすぐに探しに行こうとしたんだけど、保健の先生が保健室に居なくて、呼びに行ったりしてたから」と話す。その目に揺らぎはなく、嘘はついていないことだけが何となくわかった。「そっか……、私も試合あったし気にしないで」と微笑むと、晴真も微笑んだ。黒い靄が溢れないように私は必死に口角を上げて笑顔を作った。その後は二人で薫のいる保健室へ向かう。着いた時には、ちょうど薫も保健室から出ようとしているところだった。
「薫、動いて大丈夫?」
声をかけると「大丈夫だよ」と薫は微笑む。晴真も心配そうに声をかけるけど、何度言っても薫は「大丈夫」の一言。顔色も元に戻ってきたようだったので、とりあえずは薫が倒れないようにだけ気を付けながら、三人で過ごした。それから、無事に球技大会も終わり、私達はいつも通り三人で下校する。次の日は休日なので、別れ際に「しっかり休んでね」と薫に言ってから解散した。家に帰ると、すぐお風呂に入り、夕食を済ませる。そして、部屋のベッドに寝転んだ。未だに消えない心の黒い靄を鎮めるように、私はすぐに寝た。休日は休み休み勉強をして、大学受験に備える。両親に行きたい大学を伝えると、県内で家から通える距離だったので、すんなりと受け入れてもらえた。
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